年末年始は家族と。
そんなディーノの計らいによって多くのファミリーがそれぞれの家庭へと帰されていた。
キャバッローネのこの大きな屋敷も今では寂しささえ感じられるほどとなり、いつもの光景がより広く見えた。
「なあロマーリオ!」
ディーノと数人の部下がいるだけの広すぎるこの屋敷では、もうじき終わる年を少々惜しみながらの大掃除が行われていた。
「俺も掃除くらい一人でできるんだ、お前もそろそろ自分の持ち場に行ったらどうなんだ?」
ディーノは白いシャツの長袖を二の腕までまくり、やる気満々だ。
結構な高さがある本棚に掛けたハシゴの、かなり高い所まで登り本を数冊抱えている。
「ちょっと張り切りすぎちまったんだ、もう少しここで休ませてくれよボス」
「うそつけ、お前開始早々に俺んとこ来たろ」
いい歳になっても未だに続く子供扱い、もとい過保護さがディーノには面白くないのだが、視界に部下を置かない場合の惨状を知り得る者にとっては、今彼から目を離すわけにはいかないのだ。
「……へえへえ
いつからディーノ坊ちゃんはオッサンに意地悪くなっちまったんだか。」
ロマーリオは、ディーノが最後の一冊を収めハシゴを下ろすようすを見届けると、ゆっくりと腰を上げた。
(このあとにはもう、危険な作業は無いはずだ。)新しくタバコをくわえ、ディーノの部屋を後にする。
「ディーノディーノ!」
遠くからテンポの早い靴音と、少しトーンアップした彼女の声が迫る。
けじめを付けたいからと、部下になった日から 二人きりのときにしか名前で呼んでくれなくなったはずが、たった今ディーノの周りに響く声は、「ボス」ではなく彼の本当の名前をストレートに伝えていた。
「どうしたんだ?」
初めは他人のようだと不満だった「ボス」も、回数と年月を重ねた今では普通になっていた。
却って、二人きりでもないのに「ディーノ」と呼ばれることにディーノはむずがゆさを覚えてしまう。
少しわたぼこりの付いていた腹の辺りをパンッと払い、ひたきに向かう。
「ちょっとこっちを向いていて、」
「な、なんなんだ急に?」
ひたきは頭にしていた群青色の三角斤を解いてそれをポケットにしまうと、ディーノの両腕を軽く掴み「きをつけ」の体勢を作った。
もちろんディーノにはまったく意味が分からない。
何をされるのかと考えている内に両腕を掴んでいた手が放れ、ディーノの体は自由になった。
悪いけど、次の部屋を掃除しなきゃならねえから行くぜ。
そう言って去ることもできるが、彼女が何をしたかったのかを確かめるために今はそうしないでいる。
喋りも動きもしないひたきと、しばらく見つめ合う。
彼女はふとこちらにまっすぐ顔を固定し、目を閉じた。目を閉じたまま、やはりまた、彼女は次の行動に出ようとはしなかった。
「ひたきー。」
「ひたき、ひたき…さん?」
返事はこず、ディーノは声を出したことに些か照れが生じた。
「おい、何とか言ったらどうなんだ?」
彼女のやることなすことにはいつも驚かされてきた。これもそれのひとつになりつつある。
ここで勝手に彼女のセリフを妄想してしまえば、
(お疲れさま!ご褒美にキスしてあげるからまた頑張ろうね。)
このように当てられる。
違和感の無さと自分の浅い思考パターンに、ディーノはボッと顔を赤くした。
(ああ、これだから惚れた腫れたは面倒くさいんだ。)
「おーい… 寝たのか?」
「そんなわけないじゃない」
すっかり照れてしまったディーノの苦肉の策は、漫才における「ボケ」にあたるものだった。
オリーブ色の瞳は林檎のように真っ赤なディーノの頬を映し込んでいる。そしてひたきはリボーンさんもまだまだ甘い、と呟いた。
「さっきリボーンさんから電話がきてね、今年最後の賭けをしたの。」
「賭け?」
ひたきは密着に近いほどの距離で向かい合い、ディーノの顔に角度を合わせて目を瞑り、胸板と腹の中間に手を当てた。
挑発的な行動に、ディーノはどうしたらいいか分からずに固まってしまう。
が、ひたきはすぐに彼から離れ会話の続きを始めた。
「ディーノが返してきたら、リボーンさんの勝ちって賭なの」
「……で、俺はリボーンの予測に反した、と。」
「私の予想には寸分違わずにきてくれたけどね。」
リボーンに勝った!と、心の隅のどこかに誇らしげにしたい気持ちが起こったが、「このへたれ」と、わざわざリボーンの声で自分を罵る言葉が頭の中に響いた。
そして、あの近さは賭の内容を説明するだけだったのかと少し後悔のような、戸惑っていたことへの恥ずかしさがこみ上げる。
据え膳食わぬは男の恥、ジャッポーネのことわざだ。
「リボーンさん何してくれるのかなあ、次に日本に行くのが楽しみだわ」
「は…そうかいそうかい」
「そうだディーノ、」
「ん?」
「今年も一年お世話になりました」
「…ああ、こちらこそ。」
お前には仕事でもある意味でもよくやってくれたよ、とディーノは笑った。
いたずら心の秀でたひたきは、仕事ぶりを褒められるよりも、ある意味、が加えられていることに満足し、今年一番の笑顔を見せた。
「来年もよろしくな、ひたき。」
「はい。
来年もディーノのためキャバッローネのため、ばりばり働きますよ!」
「頼もしいなお前」
「……ねえ?」
「ん?」
また、ひたきは目を閉じる。
ディーノを見上げる角度で顔を上げ、そのまま動かない。
一体今度は何を企んでいるのか。はたまた、彼に何を求めているのか。
まったく分からない。
ただひとつ分かるのは、来年もこんな関係が続くかも知れないということだけだった。
過ぎゆく愛しい時間へ、KISS!
(ねえ、さっきから目が痛いんだけどついでに診てくれない?)
(…さてはお前、実はこれが本題だろ。 取れたけど!)
(ありがとー)
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