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涙の理由を知ってるか

■中学生になった優希のお話




川端の ジョギングコースとなっているその道に、こじんまりと備えられた献花。缶ジュースやスナック菓子がともに置かれている。

その花束の前に立っている一人の少年は、風を髪に絡ませ 流れる川の水面を眺めている。
色素の薄い肌。薄茶色の髪。まるで降ったばかりの雪のような、静かで それでいてふわふわと暖かい、そんな雰囲気をしている。

その少年の傍に そっと歩んだもう一人の少年。
小さいながらも優しい色合いの花束を片手に持ち、それをなんともやる気無さそうに肩に乗せている。
俯きながらも その視線は 目の前の少年をちらちらと見ている。しかしなぜかいっこうに声を掛けようとしない。

あぁ…!じれったい!!

路肩に停車した車からその様子を見守っていた後藤は、舌打ちをして 車から降りた。
寄ってくる後藤に 花束を持った少年が顔を歪める。

「んだよ、降りてくんなよ」
少年がそう悪態を吐くと、後藤は うるせぇ とその頭を引っ叩いた。
ワックスで仕立てられた少年の金髪が べしゃりと凹む。
まったく 中学生が洒落こけやがって。これじゃサバンナのライオンもいいとこだ。と すれば、あっちの少年は月にいる兎だろうか。

見れば、その少年は こちらには全く関せずに変わらず川辺を眺めている。
無視しているわけではない。彼は耳が聞こえない。背後の後藤達に気がついていないのだ。

乱された髪をいじる少年の肩を 促すように押した。
少年は 戸惑って 素直に足を進めない。世話が焼ける年頃だ。
もう一度、今度は音がするほどの力で まだ頼りない背中を叩いてやった。
押し出された少年が、渋々とゆっくり 歩を進める。
後藤は、二人の少年の背中を 見守った。


――――………


…最初は簡単な事件だった。
河川敷で発見された中学生の遺体。死因は頭部挫傷が致命傷。近くには投棄された資材が至る所に転がっていた。
日頃からいじめに遭っていた少年。行き過ぎたいじめの悲惨な悲劇。
マスコミ各社もそう取り上げ、警察も いじめていた少年グループを叩いた。直にアキラという少年が容疑者に上がった。

それは、被害者と同じ幼稚園だったという幼馴染の少年だった。
ライオンのような金髪。耳にはピアス。おまけに目つきも態度も悪い。
『川端で被害者とアキラが一緒に居た』という目撃証言のみで、証拠は無かった。
アキラは一緒に居た事は認めたが、殺害や虐めていたという点には断固として否認した。


自分と彼は幼馴染で、いじめてくる奴等に太刀打ちできるようにと たまに会ってはケンカの練習をしていた。
その日、彼はもうしばらく此処に居ると言い 自分は先に帰った。
そうして翌日 彼の死を知った。

………その主張を心の底から信じる人間は、いなかった…。
有りもしない噂や 誇張話が広がり、少年は孤立していく。
そんな中で、突如現れたのが そこに立つ耳の不自由な少年、優希だ。

見た目を比べれば どう見ても合わない二人の少年は、顔見知りだったのだ。
優希は アキラの無実を、そして被害者の言葉を形にするべく、後藤の前に現れた。

(僕には、死んだ人、つまり幽霊が見えるんです)

そう、なんとも有りがちな台詞を その細く白い指先に携えて…。


――――……


半身半疑の後藤を尻目に、優希は被害者の家とアキラの家を何遍も訪れた。
親から泣き叫ばれても、追い出されても、何回も何回もだ。
あとで聞いた話だが、部屋に引篭もったアキラにも 何回もメールや手紙を送っていたようだ。

その真直ぐな想いで、優希は真実と被害者の言葉を形にした。

被害者は、アキラと別れた後 いじめてきた少年等とケリを着けようとしていたのだ。
しかし運悪く揉み合いになった拍子に 資材が頭部を直撃する。
相手は恐ろしくなって逃げてしまった。倒れた少年は、じきに息絶えた…。

そんな後味の悪い真実だった。

アキラはそれを知り 余計に腐った。自分も一緒に居れば、と。
けれど それは違うと後藤は想う。
いじめられていた少年が、たった一人で 立ち向かおうとした。
その心の強さを与えたのは、きっと紛れもなくアキラなのだ。

ありがとう。
きっと、被害者の少年はそう想っているはずだ。

優希が伝えたかったのは、きっとそんな感謝の言葉だ。



―――………



「………………。」
後藤に思いっきり背中を押されたアキラは、斜め後ろから 優希の様子を伺った。
穏やかな表情で、水面を眺めている。本当に なんでこんな奴が…

『僕はアキラのせいじゃないって知ってる。絶対にそれを証明してみせる。
だから、安心して。』

その手紙を読んだ時、押し寄せる嗚咽が止まらなかった。
両親すら自分を疑っていた。割れ物にでも触るような態度だった。
誰も信じてくれなかった。声を荒げれば荒げるだけ、白い目で見られた。

心がズタズタで、限界だった。

でも、この今目の前に居る、どう見ても良いトコのお坊ちゃまな奴が、俺の代わりに奮闘してくれた。

「………………」
見れば、その頬に微かに掠り傷が残っている。
後藤の話によれば、犯人の少年たちに向き合った時 それなりに色々やりあったらしい。詳しくは聞いていないが…全く想像がつかない。
いつもニコニコしてるこいつが 派手に大喧嘩なんて……。
…………まぁ こんなライオンと平気で一緒に居るような奴だから、変わってるんだ。


もう一歩だけ近づいた。背後で刑事がわざとらしい咳払いをしてくる。
うるせぇーな 言うことは分かってる。黙ってろクマ親父め。
負けじと大きな咳をした。もちろん、優希には聞こえない。だからこれは なんというか……気合だ。たった一言だが、俺には戦車と闘うぐらいの気合が要る。
ふぅ と息を軽く吐いて、優希の背中を真直ぐ見た。

「………ありがとな…優希」

前を向いたままの優希から 返事はない。第一 俺達の存在にすら気がついていない。
分かってはいたが、なんだか無性に照れくさいような腹立たしいような気分になってきた。こんな感じ、俺は知らない。

つい、手に持っていた花束で 目の前の優希の頭を叩いてしまった。
相当驚いたんだろう 優希はビクッと振り返り、見開いた目で俺を見た。なにするの と言われているのが見て取れる。
優希は 言葉が無い分、目でたくさんの言葉を伝えてくるんだ。
俺は そんなリアクションが楽しくて笑ってしまう。

持っていた花束を そっと置いた。優希を殴ったせいで 不揃いな形になってしまった。

「…ごめんな」

誰にも聞かれていないと思ったが、そうでも無かったらしい。
隣に居た優希が そっと肩掛けバッグからノートを取り出して、筆記体でも書くような滑らかな滑りで 言葉を書き連ねる。

『アキラが来てくれたから 喜んでるよ。ありがとうって笑ってる。』

誰がとは 聞かなかった。ふわふわと微笑んだ優希を見て きっとあいつもそうやって笑っているんだろうと思った。

「成仏してくれよ」
どこにいるのか 俺には分からない。でも 聞こえればいい。
柔い風が凪いで、まるであいつに返事を返されたような気分になった。
このままだとボロボロ泣きそうだ。紛らわすように深呼吸をして、優希を見返す。目が合うと 優希は 俺に頷いた。

泣いてもいいんだよ。

そう言っている笑顔だ。
でも俺は意地でも泣かない。後ろにはクマ刑事もいるんだ。絶対に泣いてやるもんか。
代わりに ニッと笑って、優希の頬を軽く叩いた。ぺチリ。と掠り傷に当たる。

「!!」
それなりに痛いらしい。頬を押さえて 信じられないと見損なったような目をしてくる。
べー と舌を出すと、ムッと眉を寄せる。途端、バッグを振りかぶって 叩きつけてきた。

「うぉ…!!」
中身は何だか知らないが、相当重みのある痛みが脇腹を直撃した。
思わず屈みこみながら、「てめぇ…!!」と凄んだ。
しかし見上げた優希は、ふふん と鼻で笑っていやがった。
……なんだ、こいつ、こんな奴だったか?
咄嗟に後藤を振り返る。こちらも可笑しそうに へへへ と笑っていた。

「ちょ、見ただろ今の!!傷害罪だ!!捕まえろクマ!!」
「誰がクマだ!そんだけ騒げりゃ たいした事ねぇーよ」
「な!!凄ぇー痛かったぞ…!! 優希てめ、何入ってんだよ!?」

まだズキズキする。優希の顔を見て抗議すると、バッグの中身を ほら と見せられた。

…………それはそれは硬そうな、角ばった画材が こんもり入っていた。

「………………。」
据わった目で 目の前の優希を見た。慌てて謝罪を入れてくるかと思ったが、相手はあのふわっふわな兎だ。
何にも知りません というようなすました顔で首を傾げられた。
その表情は多分、(どうしたのー?)と言ったところか…。

「…俺、お前の見方、変えることにする」

優希は微笑んで、指先を見せた。

(それがいいみたい)

……どうやらこの兎、ただのお坊ちゃまではないらしい。



■この心の温かさが そのまま答えで良さそうだ (ダンデライオン)



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