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短編


■身体にハンディキャップのある少年<白>が 絶世美人と謳われる小性の少年<小輪>に出会い、その小輪の恋情、生き様を見届けるお話。


【華・序章】


白は身体にハンディーキャップを抱えた子供である。幼少期の父親からの暴力によるものだった。
左足首が捩れ、両足で綺麗に立つことが出来ない。もちろん 歩く時も左足を引きずって進む。
酒に溺れ 素人が手を出してはいけない領域へと取り込まれてしまった父は、母と白を置いて姿を消した。
それから 母は過労に倒れ 白は一人転々と職を探していた。
何処に行っても その不自由な身体は疎まれ、懸命に働いても たった一度の失敗でいとも簡単に切り捨てられていた。

しかして 顔立ちはとても端整で年相応の子供らしい可愛さを持っている。

「体が普通だったら、いくらでも金が稼げる顔をしているのにねぇ」

その言葉は まだ幼い白を充分に傷つけていた。



その日は、まるで夏の輝きを一刀両断するかのように 一日中黒い雲と強い雨が降りしきっていた。
雨風をやっとの思いでしのいでいる家屋の中、白は薄い布団へ横たわる母を見つめていた。
また、仕事場を追い出されたのだ。
表へ出るような仕事は決してさせては貰えず、それでも白はもらえる仕事に健気に努め どんな罵声を浴びても耐えてきた。
それが、たった一人のお客が 裏方で働く白を見て、「見苦しい」と そう言った。主人は同じ言葉を白にぶつけ 追い出した。

「…………母上…」

穴だらけの傘を手にした白は そっと母の元をあとにした。


――………


「あ〜…もう何この雨」
足元を跳ねる豪雨に、小輪は苛々と言葉を投げる。
脇で傘を差す男は 今日のお客の従者だ。男は何も言わず 傘のすべてを小輪に差し出し 自分はずぶ濡れのまま隣を歩む。
小輪のささいな不満にも反応を見せない男に 嫌気が差す。

こんな豪雨だというのに 、この絶世美人と謡われる小性の帰りに 籠も出さないとは無礼な客である。次は無い。

全く、こんなことなら 翁に帰りの手配をさせれば良かった。

苛々と溜息を吐きながら 茶屋の軒下へと到着した。
門を開け 男をさっさと追い払うと、小輪は茶屋のすだれをくぐった。

「帰れと言っているだろう ウチはお前のような子を雇う店ではない」

入るとすぐに翁の厳しい声が響いていた。
仁王立ちした翁は 勝手口に向かっており、小輪の帰りには気づかない。

「…おい翁 帰ったぞ」
やれやれと肩の雨雫を払う。
慌てて振り返った翁は小輪に笑顔を見せる。

「お帰り小輪、雨がひどかっただろう」
「あぁ…最悪だ。もうあの男は客に取らないでくれ」
「歩いて帰って来たのか!? なんて酷い…。脚が濡れてるじゃないか だから迎えを寄こそうかと言ったんだ」

羽織を脱がせ 泥のついた足袋もそっと外させる。
小輪の肌には決して傷一つつけまいと丁寧に触れ、髪や肌を濡らす雨を 布巾で優しく拭った。

勝手口に目をやれば、一人の少年が地面に膝をついたまま 固まっていた。
小輪と目が合うと 我に返ったように土下座をする。
前髪が地面に触れてしまいそうなほど低い少年の姿勢に 小輪は顔をゆがめた。

「翁 あれは?」
「あぁ 全く…。まだいたのか。帰れ 此処にはお前のような子供にやる仕事は無い」
小輪は翁の物言いを軽く鼻で笑った。

「私も子供だ翁。いいじゃないか 働きたいって言ってるんだから。顔はそこそこ可愛いと思うぞ?」
「駄目だ駄目だ。障害のある子など雇えるか」
「…障害?」

翁は小輪の問い掛けに ため息を吐く。
土下座した子供に立ち上がるように告げた。
おずおずと立ち上がった少年は 後ろめたそうに俯いてしまう。しかし小輪は 少年の立ち姿に違和感を見出し 頭から足先まで視線を向ける。

「……左足か」
小輪の言葉に 少年はビクリと肩を竦ませる。まるで叱られる前の幼子だ。

「そうだ そんな子を買うお客がいると思うか?いたとしても ウチじゃそんな特異なお客はお呼びじゃあない。帰れ」

少年はグッと拳を握る。翁は気にせず 小輪に部屋へ戻るように言い 立ち上がる。
小輪は 俯く少年をじっと見ていた。

「……お願いします…」
弱い声が 零れる。
握り締めた拳は震える。
そして、少年は大きく胸に息を吸い込み その場に土下座をした。
砂利が額を擦るのも気にせず、声を張る。

「お願いします!どんな仕事でもいいんです こんな身体じゃ売れないかもしれません でも!やれと言われた事は何でも、必ずやります!下仕事でも構いません 働かせて下さい!!」
「駄目だ 帰れ。お前さんの今やるべき事は一刻も早くお家に帰ることだ。いつまでもこんな街にいたら、どこぞの変態に喰われるぞ」
「働かせて下さい!!」
いい加減にしろ!と翁がついに怒鳴る。
しかし小輪はそんな翁を無視して 勝手口に降り、少年の傍へと歩み寄った。

「そんなに働きたいなら 下町でも何処でも行けばいいだろう?なぜウチに来た?」
「……こんな体ですので 何処も良い顔は…」
「それはウチも同じだ。というか お前は此処が何の店か分かっているのか?陰間の働く店だ しかもこの年頃の男児のみがな」
「……分かって、います」
「………それで何故ウチに?」
「……よく 言われるのです。そうゆう店で働けば良いと… 買ってもらえれば体の良し悪しなど関係ないだろうと…脚が動かなくとも」

語尾は掠れて消えていった。
そのまま 少年は喉を詰まらせてしまう。泣くことはなかったが それでも何かに堪えているのは目に見える。
翁は呆れたように息を吐いて 「いいから帰りなさい」とだけ言う。
そんな拙い理由でやっていけるほど この茶屋は易しくはない。ただ客に買わせ遊ばせている安い茶屋とは違うのだ。


「お前はバカか。私達は"買ってもらう"んじゃない」
「…ッ!?」

翁と同じようなため息を吐いた小輪は、少年の顎を取って ぐいと強く上向かせた。
驚いた少年は 反射的に顔を背けようとする。小輪はそれを許さない。
怯えた少年の視線をじっと覗き込み、言葉を繋いだ。


「"買わせる"んだよ」

それは、子供とは思えぬ自信に溢れた笑みだった。


■いつか続きが書けたらいいと、心から思うお話です。


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あきゅろす。
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