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短編
大好き。だけど大嫌い(ギルクラ)
■谷尋の心中を勝手に妄想。自己犠牲と自己愛の話。
潤を連れて施設逃げた後の退廃した谷尋って感じ。


本当は知っていた。

「潤、また落ちたのか」

ソファーやベッドから落ちている弟を見るたびに、気がついていた。
潤が不自由に伸ばした手の先に、ナイフやボールペン フォーク。そんな鋭利なものがいつも転がっている。
「大丈夫か。ほら、兄ちゃんに掴まれ」
俺はその度に、潤が掴みとろうとしていたそれらを見て見ぬ振りをした。


世界に蔓延したアポカリプスウイルスは、尽く弱い者を痛めつけていった。
どんどんと衰弱し 身体が結晶化していく潤を間近で見ているのは辛かった。
助けてやりたかった。
だけど、どれだけ手を尽くしても 良くなることはないのだろう。
俺は、心のどこかでそう分かっていた。


分かっているからといって、受け入れられるわけじゃない。
潤の為だと自分を奮い立たせ 違法な薬物の売買に関わるようになった。
俺の間違いを間違いだと諭してくれようとした友達を、裏切った。
全部全部、潤の為だった。
そうやって潤の為に俺は汚くなったのに、世界は潤を救ってはくれなかった。


真夜中、いつも身体の中が黒く渦巻いて吐き気がした。
潤が身体の痛みに耐えかねて ううと言葉にならない声を漏らす。
まだ小さくて、まだ細くて、まだ弱い、俺の弟。
すぐにでも駆け寄って「大丈夫。兄ちゃんが治してやるからな」そう勇気づけてやらなきゃいけないのに、俺は耳を強く強く塞いで小さく蹲る。
守ってやらなきゃいけない。俺は潤の兄貴だ。たった一人の肉親だ。
俺が居なきゃ、潤はあっという間に粉々になって消えてしまう。
金が要る。逃げるのにも食っていくのにも金が要る。
俺は、潤を助けてやらなきゃならないんだ。

でも、その為に俺はどれだけ自分を犠牲にすればいい?

「潤、お前が邪魔だ。お前のせいで俺の人生は滅茶苦茶だ。」
どんなにかき消そうとしても、潤を疎ましく想う感情はチラチラと忍び寄ってきていた。

「潤、大丈夫だ。俺がお前を守ってやる。治してやる。きっと良くなるから」
潤の壊れそうな身体を労わるようにさすってやる。

「兄ちゃんがついてるからな」

俺を見上げる潤は 泣きそうな顔で首を横に振った。
違うんだ。俺はお前の痛みや苦痛を和らげてやりたいんだ。
なのにどうしてお前はいつも苦しそうな顔ばかりするんだ。
俺は何の為に ここまで堕ちたんだ。俺は、俺は、俺は……

(どうせ助からないのに、いつまで面倒見てればいいんだよ)

「!」
頭の中で過ぎった言葉に、酷く打ちのめされて愕然とした。
この時初めて自分の中にある悪意にへし折られて、俺は声を殺して 窒息しそうな息苦しさを抱えて泣いた。
潤は崩れ落ちて泣き始めた俺の頭に まだ動く片手をゆっくり乗せて、そっと優しく撫ぜた。
その微かに温かい手の平が切なくて、苦しかった。

今の俺は、潤のどう見えているのだろう。

何度も何度も、自分の手が何度も潤の喉元に刃をかざす夢を見る。
そんな俺を見て 潤はとても悲愴な顔をする。けれど 何も言わない。
代わりに「やめてくれ」と、そう泣いて懇願するのは 他でもない俺自身だ。
潤を失いたくないこの気持ちは本物なのに、もう一人の俺がその愛を嘘だと叫ぶ。

汗だくになって目覚めると、潤の寝顔に 心の底からほっと安堵する。

俺はまだ、潤を殺してない。
ああ、…潤は今日も生きている。
潤は 俺のたった一人の弟なんだ。
小さくて細い身体は痛みで苛まれて…可哀想なんだ。
だから、………だから?

心に掬う悪意は、今日もまた一回り大きくなって 俺を蝕んでいく。


■大好きなのに、大嫌い。


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