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オトギリソウ


最近、雅治の姿を目で追わなくなった


もちろん、嫌いになったとか
そんなんじゃなくて


好きだって気持ちは
あの日からずっと変わらない


だけど、遠くなる私たちの距離


それを実感してしまったら
雅治の姿を見るのが辛くなった



そのきれいな瞳に私が映ることはなくて
私の居場所だったそこには今は違う子がいる


淡い期待も細やかな願いも叶うことはなく
嘲笑うかの様に私の手をすり抜けてゆく


そんな無情さに幾度となく涙を流した



"あの頃"とは違う刺すような痛み



これ以上、そんな思いをしたくなくて
考えないようにしてきたのに




それなのに、出会ってしまった



いつもと変わらない声のトーン
独特の雰囲気と優しい香りを漂わせて


私を助けてくれた


立ち去り際に見せた微笑みは
"あの頃"とちっとも変わってなくて


思わず、涙が出そうになった


私に背を向けて歩き出した彼を


呼び止めていたら―
その手を掴んでいたら―



何かが変わっていたのかな




そっと伸ばした手の先を眺めて、




私は宙を掴んだ








翌日。




「名前!」


聞き覚えのある声に振り返ると、満面の笑みを浮かべた赤也くんが私の元まで駆けてくる。


「どうしたの?」
「見てくれよ、これ!」


バッと私の顔前に広げられたテストの答案。
そして右上に書かれた点数に声を上げる。


「85点って…!凄い!」
「俺、こんな点数とったの人生で初めてだぜ!」
「赤也くん頑張ったもんね!おめでとう!」
「アンタのおかげだって」
「私は何もしてないよ?」


ポンッと頭に手を置かれて、よしよしと撫でられる。


「この良く出来た頭のおかげ。マジでサンキュー」
「わ、わかったから!撫でないで」


みんな見てるし、恥ずかしいよっ


「…と、本題忘れるところだった。な、今日の昼空いてる?お礼に飯おごらせてくれよ」

「お、昼は…」


いつも幸村先輩とご飯食べてるからまずい……けど
今の状態じゃ、きっと誘いに来てくれないよね


「なっ?いいだろ?」


赤也くんもこんなに言ってくれてる事だし…


「それじゃあ…お言葉に甘えちゃおうかな」
「そうこなくっちゃ!好きなモン何でも食わせてやるぜ!」
「ふふ、ありがとう」
「んじゃ昼迎えにくるから」
「うん」


じゃあなと手を挙げて赤也くんは走って行ってしまった。




昼休み。



「名前ー!」


授業が終わってまだ数分しか経っていないにも関わらず、元気な声が教室の戸から聞こえた。


「は、早いね」
「だって早く行かねーと売り切れんじゃん!」
「それはないと思うけど…」
「いーから、ほら!チャッチャと行くぞ!」


そう言うと赤也くんは強引に私の手首を掴んで教室を出ていく。


「あ、あの……手……」
「ん?ああ、だってアンタ歩くの遅ぇから。こっちのが早くていいだろ?」


そういう問題ではなくて

内心でツッコミながら、改めて赤也くんには意識とかそういう感覚が無いのだと知った。


それにしても―


自分の手首を握る、赤也くんの手を眺めて思う。


やっぱり、男の子の手って大きいなぁ
同い年でもこんなに違うんだもん



……やっぱり、違うんだな



何処か懐かしい気持ちになって
私はきゅっと唇を噛んだ。






えっと……、



売店ってこんなに人でごった返す所だったっけ?


お昼時だから人が混むのも無理ないけど…
いつもの倍以上は混んでる気がする

最早、売店のおばちゃんが何処にいるのかさえわからない。


「あっちゃ〜、今日だったのかよ」
「え?何が?」


隣でうなだれる赤也くんに尋ねると、ちょっと投げ槍な返事が返ってくる。


「丸井先輩が作ったケーキが数個限定で特別に売られるってハナシ」
「うそっ!すごい!」


丸井先輩のケーキと言えば美味しいと評判の一品。数個限定販売ともなれば、これだけの人が集まるのも理解できた。


……ちょっと、食べてみたいかも


「なに?アレ食いてーの?」
「え、やだ!声に出てた!?」
「いや、顔に出てた」

うっ、

「いいぜ、俺が買ってきてやるよ」
「で、でも……」


この人混みじゃ危ないし、もし怪我でもしたら……
言葉を濁す私を見て赤也くんが小さく笑う。


「心配すんな」


そう呟いて私の頭を軽く小突いた。



「言っただろ?何でも食わせてやるって」


……っ


「こんくらいヨユーだっての!任せとけ」


赤也君ってこんな顔もするんだ…


いきなり見せた男らしい一面に
ちょっとだけドキッとした。


「えっと、じゃあお願いシマス」
「おう!俺が戻ってくるまで安全なとこにいろよな」


小さく頷くと赤也くんは満足した表情を浮かべ、人混みの中に消えていった。


その後ろ姿を見送ってから人があまり居ない所に移動しようと視線を巡らせていると


「っ!?」


ぶつかってきた人に押され、体勢を崩した私は人混みの中にダイブしてしまった。


「ちょ、うそ!? ……苦し、い」


元の位置に戻ろうと、もがけばもがく程 人の波に押し潰されそうになる。


身動きがとれないし、呼吸も満足に出来ない
早くここから脱出しないと……!


けれど、私が向かう先はみんなの目指す場所とは全くの正反対。逆流することがこんなに大変だとは思わなかった。


進むどころか後退してるよ!



もう嫌だ、泣きそう



このまま流れに身を任せるしかないのかな―



諦めそうになったとき、



「名前っ!」



耳に響く、声。


私の腕をしっかりと握って
力強く引っ張ってくれる大きな手。


温かくて優しさを宿すその手を
私は何度も見て、触れて、感じてきた。


誰のものか直ぐに理解したら
途端に瞼が熱くなった。


いつもどんな時でも私を救ってくれる、



「幸村先輩…っ」


「よかった」


そう言って先輩は私を自分の胸へと引き寄せた。
そして強く、抱き締める。


「怖かったでしょ?けどもう大丈夫」


いつもよりもっと優しい声で囁いて。私の不安を取り除く様に背中に回した手をぽんぽんと軽く叩いてくれる。


「どこも怪我はしてないかい?」
「だ、大丈夫ですけど…その……」


心配してくれたこと、助けてくれたこと
すごく嬉しい


けどこの状態は…


「っ、ごめん!」


周りの視線に気がついた先輩は慌てて私から離れた。
それから照れくさそうに場所を変えようかと切り出したんだ。






「どうしてここが?」


売店から少し移動したところで、私は抱いていた疑問をぶつける。


「お昼一緒に食べようと思って教室に行ったら赤也と出ていく姿を見かけたから」


…なんてタイミングが悪いんだろう


「でも良かった。追いかけるのは迷惑かなって躊躇ったけど、こうして名前を危険から守る事が出来たから」


そう言って先輩は優しく笑いかけてくれる。


「赤也から聞いたよ。昨日、俺のこと気にかけて教室まで来てくれたんだろう?」


幸村先輩に用があってあの階に居たこと
何で赤也くんが知ってるんだろう?


「えっと……はい」


照れくさいけど、隠したってどうにもならないから素直に答えることにした。


「せっかく来てくれたのにごめんね。ちょっと用事があって席外してたんだ」

「いえ、いいんです。急に押し掛けた私がいけなかったんですから」


気まずくなる空気を変えようとなるべく笑顔で応える。
そんな私をじっと見つめてから、ゆっくりと落ち着いた声が響いた。



「ねぇ、これは思い上がりかも知れないけれど」



私を見つめる綺麗な瞳に



「その後も捜してくれたの?俺のこと」



心臓が激しく脈打つ。


「……っ」


「教えて、くれないかな?」



少しだけ首を傾げて口端を持ち上げる先輩は何処か妖艶な雰囲気を漂わせていて。鼓動がいっそう速くなる。


「その、ちょっと用事を済ませた後に部室に立ち寄りました」
「……部室に?」


私の返答を聞いた途端、幸村先輩の表情が強ばった。


「?」
「俺を捜す為にかい?」
「……その、部室まで行けば会えるかなって」


何かまずいことを言ったかなと思い返していると、


「……ごめんね」
「え?」


聞き間違えかと思うほど小さな声で、先輩は謝罪の言葉を口にした。


「仁王とは出会わなかったかい?」
「っ、」


その言葉が引き金となってあの時の光景が浮かぶ。
体が熱くなるのが自分でもわかった。


「ど、どうしてそんなこと訊くんですか…?」


感情を読み取らせまいと、なるべく平静を装って切り返すけれど、射ぬく様な視線に思わず目を逸らしそうになる。


「最近、仁王の姿を目で追わなくなった」
「!」


信じられない気持ちで先輩を見つめると、すべてお見通しだと言いたげに笑う。


気づいてたんだ…


「でもそれは仁王から気持ちが離れたからじゃない」


言葉にしなくても


「今も強く想うからこそ、姿を見るのが辛くなってきたんだよね」


行動や雰囲気だけで
いつも私の状態を汲み取ってくれる


「…なんで、わかっちゃうんですか」
「それは口にしないと伝わらないかな?」


穏やかなトーンで、だけど力強く語りかける声が私の胸を締め付ける。


伝わらない筈がない
痛いほど感じる幸村先輩の想い


「ごめんなさい」
「何で謝るの?」


その優しさを感じたらこれ以上、心配をかけたくなくて。


出会ってしまったなんて言えないまま、ただ謝罪の言葉を口にして俯くことしか出来なかった。


そんな私を見かねてか頭上から少しだけ悲しそうな声が降ってきた。


「昨日といい、俺は名前の顔を曇らせてばかりだね……すまない」


その発言に反射的に顔をあげる。
そんなことない、


「先輩は何も悪くありません!昨日のことだって私が―」


言葉の途中で大きな手が私の口を塞ぐ。
それ以上は聴きたくないなって呟いて。



「名前が罪悪感を抱くことなんて一切ないよ」



いつもと違わない声色なのに、何故かよく響く。


「俺が君の疑問に答えていれば、悩むことも自分を責めることもなかった。だから、謝らないで」


微かに揺れた綺麗な瞳。
それを隠すかの様に先輩は目を細めた。


「悪いのは、全部俺なんだから」


自虐的な言葉が私の心に刺さる。


どうして?


どうして自分ばかり責めるの?
笑顔の裏に何を隠しているの?


絡まる視線。


なのにその瞳からは何も読み取れない
もどかしさだけが募ってゆく


「まだ、伝えてない言葉があったね」


そっと伸ばされた手が私の頬を優しく撫でる。


「俺を捜してくれて気遣ってくれてありがとう」


先輩は私を責めるどころか
優しい声で"ありがとう"と言った



「幸村先輩…」



どんな意味を込めて
その言葉を口にしたのだろう



―わからない



「君は知りたいと言った」


頬に触れた手はこんなにも温かいのに
先輩の心は酷く冷えきっている


「嬉しかった。たとえ好奇心からくる感情だとしても俺に興味を持ってくれたことに代わりないから」


どうすれば、何をすれば
その心に温もりは宿るの?


「だけど、ごめんね。俺は君の問い掛けに答えを出すことは出来ない」


そんな辛そうな顔
させたかった訳じゃないのに


私を救ってくれたように
私も先輩を救ってあげたくて

少しでも力になりたくて


それがこんなにも先輩を苦しませて傷つける


「先輩、私―…」
「やっと見つけた!!」


背後から聞こえた大きな声に、言おうとした言葉を飲み込む。


「こんなとこにいたのかよ−って幸村部長!?」


先輩は驚く赤也くんを一目した後、その手に握られた白い箱に視線を落とし、ニコッと笑う。


「凄いな。よくあの人混みでケーキが買えたね」
「当然ッスよ!次期部長たる者、死角はねーッス!」
「頼もしいな。けど、まだ譲らないよ」
(目が笑ってねぇ……!!)


楽しそうに会話をする二人を眺めながら、私は小さく息を吐いた。


赤也くんに遮られて飲み込んだ言葉の続き
伝えなくてよかったと思う


冷静になって考えてみたら
あの時、私の言おうとしたことは
場の雰囲気に流されて起きた感情


言うならそれは−同情


こんな中途半端な気持ちで
簡単に口に出来るものじゃない


無責任な言葉は
自分も、相手も大きく傷つける


今の私にそれをする覚悟なんてないのだから−


だけど、もし、それが出来るようになったら
その時は伝えよう



「名前ちゃん」



あのとき飲み込んだ言葉の続きを―…




「お昼、一緒に食べようか」




いつもと変わらない優しい声で、笑顔を向けてくれる先輩に私も笑顔を返した。




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