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クルクマ


「え?幸村先輩いないんですか?」
「うん、6時限目の終了のチャイムが鳴ったのと同時に早々と教室を出ていったよ」


ありがとうございました。とお礼を言って私は幸村先輩のクラスを後にした。


放課後になるや否や、私は誰よりも先に教室を出て幸村先輩の元へと向かった。


けれど先輩は既に居なかった。


普通なら帰り支度をしている時間だと思う。
それなのに居なかった。


これはつまり−


「避けられてる…のかな」


言葉にした途端、ズシッと心に重みを感じた。
酷く、虚しい気持ちになる。


先輩は私と顔を合わせたくない程に
腹を立てているのかもしれない


「うぅ…許してもらえなくても良いから、せめて謝りたかったのに…」


捜せばまだ校舎内にはいると思う
だけど、もし避けられていたら……


その感情が私の足取りを重くする。


ここにいても仕方ないよね…
いったん教室に戻って考えよう


脱力感に浸りながらトボトボと来た道を引き返していると後方から突然、声が聞こえた。


「何してんの?」


聞き覚えのある声に私は慌てて振り返る。


「き、切原くん!?」
「昼はどーも。てか俺の名前知ってんだな」
「そりゃ有名だもん!」


まさか切原くんに声を掛けられるなんて!
唐突な出来事に私は驚きを隠せないでいた。


それに昼って…教材運んだ時のことだよね?
私のこと一応、覚えてくれてたんだ


「3年の階に来るなんて珍しいじゃん。誰かに用でもあんの?」
「…うん、ちょっとね。でも居なかったんだ」
「ふーん。そっか。んじゃアンタ今暇だよな」
「え?う、うん」


反射的にそう答えてしまい、後になって後悔する。


「ならちょーどいいや」


返答を聞くや否や、切原くんは何の躊躇いもなく私の手を掴んだ。


「えっ、な、なに?!」
「ちょっと付き合ってよ」
「…」


嫌な予感しかしない


「あ、言っとくけど拒否るのナシな。これ強制だから」


強制って…
それ人に頼み事する時に使うものじゃないよね?


「えっと、私これから大切な用事が―」
「さっきないって言ってたじゃん」
「う…っ」


頭に浮かんだ逃げる為の言葉も、さっきの発言で全て無になる。現状を理解し諦め状態に陥った私は引きずられるようにして連行されたのだった。







「すっげぇ!アンタ頭良いな!」
「それはどうも… 」


そんなキラキラした目をして誉められても
素直に喜べない…


図書室に連行された私は何故か切原くんに勉強を教えていた。


「これ1年で習う基礎なんだけど…」
「え?こんなのあったっけ?」


…将来が凄く不安になってくる


「はーっ、ホント散々だぜ。小テストで赤点とっただけで明日から補習なんて御免だっつーの」


それはきちんと勉強してなかった
切原くんの問題だと思うんだけど…


「けどま、追試一発合格すれば、補習は免れるから、面倒くせぇけど今日に頑張っとかねーと!補習なんてモンにテニスの時間を割かれるのは絶対ぇ嫌だからな」


こうして脱補習地獄のお手伝いを半ば強制的にさせられていると言うわけで。

そのことについて、ある疑問が私の中に浮かんでいた。


「…ひとつ、いいかな」
「ん?」
「何で私に勉強を教えて欲しいって頼んできたの?」


面識はない。切原くんが私のことをアンタって呼んでる時点で名前さえ知らないのだと伺える。


「あー、それね。ハイハイ。きっかけは合同授業。アンタ突然センコーに問題当てられてただろ?」
「あ、うん。でもよく私のこと覚えてたね」


出会った時にも言ってたけど、何で私のこと覚えてたんだろう?そんな疑問をぶつけてみた。


「同じ日直当番だったし、仕事押し付けちまったからな。…その、ごめん」


そう言ってペコリと頭を下げてくる切原くん。
そんな姿に私は慌てて顔を上げるように促す。


「き、気にしなくていいから!それで?」
「そんで、俺には全く解んなかった問題をアンタはスラスラ解いてた」


…そんなに難しい内容じゃなかったような気がするんだけど


「普通にすげーと思った。で、勉強教えてもらうんならアンタしかいねーって思ったから声かけた。そんだけだ」


強制だとか言って押し付けてきて
ちょっと嫌な人だなって思ってたのに


そんな真っ直ぐに誉めてくるなんてズルい


「よし、じゃあ次ここの問題教えるね」
「おう!どんとこい!」


さっきまで感じてた嫌な思いが
こんなにも簡単に消えてゆく


だからかな


力になってあげたいって思えたんだ







「今日はマジでサンキューな!」
「ううん、私も勉強になったから」
「アンタ良いやつだなっ!…てかさ、さっきからアンタって呼んでっけど、名前何て言うの? 」


あ、それ今更になって訊くんだ
何だか切原くんらしいや


「名字名前だよ」
「名前ね」


…テニス部の人たちって名乗ると
みんな下の名前で呼ぶのかな

フレンドリー過ぎてちょっと驚く


「何かあったらまた頼むかも!そん時は宜しくな」
「うん、切原くんも追試頑張ってね」
「おう!サンキュー!あと、赤也でいいから」
「えっ!?」
「んじゃまたな名前!遅くなんねーうちに帰れよ」


そう言って手を挙げると赤也くんは私に背を向けて走って行ってしまった。


バタバタと慌ただしい人だったな
それに他人の都合なんてお構いなしで

でも初めに感じてた嫌な印象はない

嫌いな勉強に一生懸命に取り組む姿を見ていたら
そんな感情はすぐに消えてなくなった


ついでに言うならあの無邪気さ
犬みたいで可愛くて、癒された


先輩たちに可愛がられてる理由は
そこにあるのかもしれないな


「…と、もうこんな時間か」


時計を見ると既に5時を回っていた。
もちろん、部活をしてる時間帯。


先輩も、きっといるよね


さっきの不安が過って少し恐くなる
けど、やっぱりきちんと謝っておきたいから…


「いつまでも、うじうじしてちゃ駄目だよね!赤也くんだって自分の問題ときちんと向かい合ってたんだから!見習わなきゃ!」


そう自分に喝を入れて私は教室を後にした。










「見つけた」


突然背後から聞こえた声に、俺は条件反射とも言える速度で振り返る。


「ゆ、幸村部長!!? 何でここに!?」


名前と勉強会をしてたから、一時間近くは経ってたと思う。どの部活も始まってるから校内を歩く部員は少ない筈だ。


にも拘らず俺はこうして幸村部長と鉢合わせた。
しかもユニフォーム姿ではなく、制服姿の部長に。


もしかして部活に行ってないのか?


「2年の教室に行っても居なかったから、俺の行動を先読して逃げたと思っていたんだけれど…どうやら違ったみたいだね」
「え?何のことっスか?」


俺を捜してたって、一時間以上も?
部活サボってまで一体何のために?

それに何でか知らねーけど
既に漂うオーラがおかしくねーか?


…すげぇ嫌な予感がする


「俺に何か隠してること、ない?」


じわじわと近づいてくる圧力のかかったオーラに俺は自然とたじろぐ。


「か、隠してることっスか!? あああ、あるわけないじゃないスか!! 嫌だなーっもう」

「目が泳いでるよ」


ギクッ

ま、まさか赤点とったことがバレて!?
答案返ってきたの6時限目だから
すんげぇ最新情報だぞ!? 早すぎねーか!?


「どうなんだい、赤也」
「えっと、それはっスね…」


壁越しに追いやられ完全に逃げ場を失った俺に容赦なく無言の圧力をかけてくる部長。


「赤也?」


「…………すみませんでした!!!!!! 赤点とったことは本当に反省してます!!! けどちゃんと勉強して明日追試受けて合格点とりますから!!! どうか許してください!!!!」


もうどうにでもなれ

その感情だけが先走って俺の口は勝手に言葉を発してた。


「…え?赤点、とったの?」
「へ?」


覚悟を決めて深く頭を下げた俺の頭上からは予想だにしない言葉が聴こえてきて。当然と言うべきか、間の抜けた声が漏れる。


「え?だってそのことで俺に罰を与えるために捜してたんじゃ…」


えっと……あれ?
もしかして…違うんスかね?


「俺が吐いて欲しかったのは日直当番をサボって女の子一人に教材を持たせたことなんだけど…そうか、赤点をとったんだね」


ちょっ…!!!
墓穴掘った…っ!!!!!!!


「い、いやこれは違うんス!!!! 訳があって!!!!」


や、やばいやばいやばい!!!
目が笑ってねぇ!!!


「言い訳は見苦しいよ。素直に認めないなら−そうだな真田と柳を呼ぼうか」

「それだけは勘弁してください!!!!!!!」








赤也くんが幸村先輩にお説教を受けている時、私はテニスコート付近に居た。


「…やっぱりいない」


あまり近づくと練習の迷惑かなと思い、少し離れた所から様子を伺うが幸村先輩らしき人の姿はなかった。


やっぱり帰っちゃったのかな?
でも部室にいるって可能性も…

…。

流石に押し掛けるのは迷惑だよね?
けど、きっとこのまま帰ったら後悔する


「……よし」


いろんな感情が交差したけれど、私は迷いを振り切るように拳をきつく握り部室へと歩みを進めた。








「明日の追試で絶対合格します…」
「うん、約束破ったらわかっているね?」
「…はい」


教室に移動した俺は床に正座をさせられ、みっちりと説教を受けた。

ビック3が揃うことなく、部長のお説教だけで事が済んだのは幸いと言うべきか。勿論、生易しいもんじゃなかったが。


「それはそうと、誰に勉強を教えてもらったんだい?赤也の学習能力に合わせるのはさぞかし大変だったろうに」


爽やかな顔してサラッと毒を吐いたことは、この際気にしない。


「俺が教材一人で運ばせた女子に教えてもらったんスよ」
「名前ちゃんにかい?」
「部長、名前のこと知ってるんスか?」


即座に反応が返され、少し驚いた。


「うん、同じ委員会だからね」
「なるほど。んじゃアイツが捜してたのは、もしかして幸村部長のことだったのかも」
「名前ちゃんが俺のことを捜していた?」


へぇ、名前の話になると
結構食いついてくるんだな


「教室まで行ったけど居なかったって言ってたから多分スけど。あと何か落ち込んでる様に見えたんスよ」
「落ち込んでるって…まさかあの事を気にして?」
「あの事?」
「いや、こっちの話だよ。教えてくれてありがとう」


穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、部長はさっきまで座ってた椅子を元あった場所へ戻す。


「あの…幸村部長?俺、もう部活に行ってもいいスかね?足もそろそろ限界で…」


お説教が始まってから今に至って尚、正座地獄の刑に処され、足はとっくに限界を迎えていた。

そしてようやく解放されるのだと、来る喜びを噛みしめながら立ち上がろうとした時、幸村部長の鋭い瞳が俺の動きを制した。


俺、立っていいなんて一言も言ってないよね?

すみません


言葉を発することなく目で語り終えた部長は爽やかな笑顔を浮かべ、そのまま教室の扉へと近づいていく。


「明日の追試、頑張ってね」
「…はい」


退室際に唱えられたのは、声援というにはあまりにも圧力的でヤル気を削ぎとられるものだった。言うならプレッシャーを与えられた。


何でこの人は最後の最後でトドメをさしてくるかな…
内心で唱え終えた後、部長がゆっくりと振り返る。


「それと赤也に一つだけ忠告」
「…え?」


辺りの空気が一瞬にして変わった。
身を縛るような緊張感。



「名前ちゃんのこと、呼び捨てにするのは俺が許さないよ」



恐怖、その感情が全身を蝕んでゆく。


「………は、はい」


やっとの思いで絞り出した返事に部長は小さく頷くと、じゃあねと言葉を残して教室を出て行った。


さっきまで感じてた足の痺れが可愛く思えるほど強烈な痺れが全身を襲い、俺は少しの間動くことができなかった。








どうしてこうなったのかな



部室まであとちょっとの所まで来てたのに
なかなか辿り着けない。
きちんと説明するなら道を塞がれている。


目の前の現状に私はただただ押し黙るしか出来ないでいた。


「ねぇ、何でそんなにだんまりなの?」
「俺らとお話しすんのがそんなに嫌ー?」


じりじりと距離を詰めてくる見知らぬ二人組の先輩。
怖い。嫌だ。来ないで。


そうは思っても、恐怖に足がすくんで動けない。


なんでこんな大事なときに動かないの…っ
お願いだから動いて


そんな私の願いとは虚しく、みるみるうちに距離は詰められてゆく。

強く瞑っていた瞳を開けば、恐怖は目の前に迫っていて。涙が出そうになる。


お願い、誰か、助けて


先輩の手が私の頬を撫でようとした時。



「その辺にしときんしゃい」


詰め寄ってくる先輩たちの背後から制止の声が聞こえた。


この、声…


「は?誰だてめぇ」
「見てわからんかのう。ラケット持っとるじゃろ」


風に揺れる銀色の髪。特徴のある喋り方。
翡翠色の瞳が鋭く光る。


途端、心臓がはち切れんばかりに脈を打つ。


「チッ、テニス部かよ」
「邪魔すんなよ、俺ら今からこの子とデートすんだからさ」


雅治の登場に心底鬱陶しそうな表情を浮かべた先輩は私の腕を掴んでその場を立ち去ろうとする。


「そいつはスマンのぅ。けど俺にはその子、気乗りしてない様に見えるんじゃが?」
「うっせぇな。気のせいだよ。てめぇは引っ込んでろ!」


私の腕を掴む先輩とは違う、もう一人の先輩がじりじりと雅治に近づいていく。


「怯えとる子を目の前にしてほっとけってのが無理な話ぜよ」
「何だよさっきから!ヒーロー気取りか?そーゆーのうぜぇんだよ!」
「きゃっ…!!」


突然、男が雅治目掛けて拳を放つ。
瞬間、私は目を強く瞑った。


パシッ!と大きな音がして。
誰がうっと声を漏らしたのが聞こえた。
そっと瞳を開ける。


「あ…」
「緩いパンチやの。おまんら普段から体鍛えてないじゃろ」
「俺の渾身の一撃を片手で…!!」


動揺を隠せないのか、男の顔はみるみるうちに青ざめてゆく。それとは裏腹に渾身の一撃を片手で受け止めた雅治は涼しい顔をしていた。


「俺でよければ幾らでも相手しちゃるよ。その子の代わりにな」
「おっ覚えとけよっ!!」


お馴染みの言葉を残して二人は一目散に逃げていった。


「あ、あのっ」


無言で立ち去ろうとする雅治に私は反射的に声をかける。


「何の用があってここに居るかは知らんが、一人歩きはよしんしゃい。校内と言っても変な輩が多いからの。危ないぜよ」


心配、してくれてるの?
それに助けてくれた


「ありがとう……ございます……っ」
「……気ぃ付けんしゃい」


そう言葉を残して私の横を通りすぎると、雅治は校舎の方へ姿を消していった。


その後ろ姿を見終えた途端、力が抜ける
心が変にあたたかい


この感情は恐怖が去った安心感からだと思いたい


けれど、違う
これはそんなものじゃない


心臓が痛いほど脈打ってる
私はこの痛みを知っている


甘さを帯びた痛み
幾度となく感じてきたそれ


どうして?


会えば辛くなるだけだからと
貴方の姿を追いかけないようにしてきた


なにのどうしてこんな気持ちになるの?


会えて嬉しいなんて
もう一度言葉が交わせて嬉しいなんて


冷めていた心が体が温かくなってゆく



『気ぃ付けんしゃい』



そう呟いて貴方は笑ってた

どこか不器用でだけど優しい笑顔で
もう一度、私に笑いかけてくれた



それだけで胸がこんなにも高鳴ってる



お願い



誰か、この感情を想いを





制御する術を教えて




止まっていた歯車がゆっくりと動き出す音がした。




そしてこのとき自分のことでいっぱいになっていた私は、少し離れた場所からこちらの様子を伺っていた人物の存在に気づくことが出来なかった。








あとがき
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お久しぶりです!本当に更新遅くてすみません!

今回は長かったですね!すみません!
読み疲れませんでしたか?!
私は読み返すだけで疲れました(笑)
次回からは短くするように努力します!


さてさて!ここにきて赤也くんが登場しましたね!
少し重要人物、かな?
これからもちょくちょく出してくキャラなのでお楽しみに!


そして主人公と幸村くん!ギクシャク中な彼らは仲直りできるのでしょうか?
更にこのタイミングで仁王くんの登場。
この接触がこれからの内容に大きく関わってくるのかこないのか……ふふふ!お楽しみに!


いつも愛読頂き、ありがとうございます!!
観覧、レビュー、本当に心の支えになっております!!
これからも遅更新ながらも頑張りますので宜しくお願い致します!


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