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ラベンダー




「その、すみません…」


昼休み。

幸村先輩と並んで廊下を歩く私は謝罪の言葉をポツリと漏らす。


「名前が謝る必要なんてないよ。俺が好きでやってることだから気にしないで。それよりも…」

「…」
「日直の仕事をサボって女の子ひとりに教材を運ばせてる不埒な輩の行方が俺は気になるよ」


教材が詰まった段ボールを抱えながらフフ、と笑みを溢す先輩。横目で様子を窺うと…案の定、目は笑っていなかった。


「き、きっと用事でもあったんですよ」
「そうかな?ただ面倒だからサボった、その一択だと思うけどね」


はは……
さすがと言うべきか、鋭い

サボったのは切原くんだって
口が割けても言えないよ


今日は2クラスの合同授業があって、お互いのクラスの日直当番、つまり私と切原くんが教材を運ぶように先生から言われてたんだけど…

気づいたら居なくなってた


サボるにしても一言くらい
かけてくれればいいのに


顔見知りって訳じゃないし
そもそも喋ったことないから
当然のことなのかもしれないけど…


彼の存在を知ってる分、少し悲しくなった





「先輩、重くないですか?」
「……。うん、大丈夫。気にかけてくれてありがとう」


あれ? 今 返答に少し間が空いた?
…気のせいかな


それにしても気にかけてくれてありがとうって…

本来なら私が運ばなきゃいけない教材を殆ど持ってくれてるのに、更にお礼まで言われるなんて…

凄く申し訳ない


「いつも先輩に頼ってばかりで本当すみません…」
「……。俺は名前から頼ってもらえるの凄く嬉しいよ?」


まただ、何でだろう?
違和感を抱いたまま、そっと尋ねる。


「でも迷惑じゃないですか?」
「フフ、好きな子からの頼みを迷惑だなんて思うわけないだろう?」

「っ、」


好きな子なんてサラリと口にする先輩が少し憎い。
だって顔色ひとつ変えず言うんだから



いつも恥ずかしくなっちゃうのはこっちなんだ





「−さっきから思っていたんだけれど」



真面目な顔つきで急に切り出してくるから。私の頭上には?マークが浮かぶ。


「名前は俺の名前、全然呼んでくれないんだね」


ぎくり。


「俺はこんなにも君のことを名前で呼んでるのにちょっと不公平じゃないかな?」


さっきから?

…あ、そういえば
私が"先輩"と口にしたときに限って
少し間ができていたような…


「で、でも一応呼んで…」
「俺が無理矢理言わせた時とジャージを貸したお礼の時。その二回くらいかな」


うう…っ

だってそれは先輩が勝手に言い出した訳だし
私は了承したわけじゃないし…

口に出して言えない反論を胸の内で呟く。


「や、やっぱり先輩を呼び捨てにするのは頂けないですっ」

「遠慮はいらないよ。俺がそうしてくれとお願いしたんだから。ね?」


ね?じゃなくて!

先輩はサラリと私の名前を呼ぶけど
私にとってそれは簡単なことじゃない


「そうだ、今から俺の名前を呼んでみてよ」
「そ、それは二人きりの時の約束じゃ…」
「大丈夫、誰も聞いていないから」


ほら、と言いたげに先輩は周りを見るよう視線を促した。

渋々その視線を追って見渡すと、わいわいと騒ぐ男子生徒やガールズトークを繰り広げる女子生徒の声が廊下に木霊している。


「これなら問題ないだろう?さぁ、俺の名前を呼んでごらん?」


有無を言わせないその表情に脳が支配されて。
気がつけば、私は彼の名前を口にしていた。


「……………せいいち」
「30点。感情が全然込もっていないよ。もう一度」


つまり、最高の笑顔で先輩の名前を呼び捨てにしろと、そう言いたいんですか?


「…」

黙りこくる私に、先輩は怪訝な顔をする。

「俺の名前を呼ぶのがそんなに嫌かな?」
「嫌というわけではなくて…」
「じゃあ…恥ずかしい、とか?」
「そういうわけでもなくて…」


そもそも何故、こうも頑なに
名前で呼ぶことを強要してくるんだろう?



……わからない



だから、気になる



「…質問してもいいですか?」
「うん?俺が答えられる範囲なら構わないよ」


これは答えられる範囲に当てはまるのかな?


わからないけれど、
でも先輩はこの話題に執着しすぎてる


その理由を、知りたい



「どうして、私に名前で呼んで欲しいんですか?」



ピクリ。少しだけ先輩の肩が反応したのを
私は見逃さなかった。


「好きな子に名前を呼んで欲しい、人間なら誰しも思うことだろう?」


平静を装っているけど
その瞳には明らかに動揺の色を宿してる


先輩は矛盾してる


私に名前で呼んで欲しいと言うけれど
きっとそれは本心じゃない


ううん、もしかしたら
本心なのかもしれない


けれど、これだけは言える



先輩は"私"に名前を呼んで欲しいんじゃない




「本当は誰に名前を呼んで貰いたいんですか?」




その問いに先輩の瞳が、揺れる。



以前、感じた名前を呼ぶことに対しての"抵抗 "


あの感覚は気のせいじゃない
今ならそう確信を持てるから



「随分、可笑しなことを言うんだね。俺はこうして君にお願いをしていると言うのに」


ははっと愉快に笑う。
だけど余裕のない、笑み。




「先輩の瞳に私は映っていますか?」




「…!?」




仮面が、剥がれる




「答えてください」




その一声にすぅっと先輩から表情が消えて。
そして射抜くような瞳を私に向ける。





「これ以上、無駄な検索を続けるようなら君に何をするかわからないよ 」




「…っ!?」



背中が凍る、そんな感覚。


にこっと浮かべた笑みは酷く冷たくて
私から簡単に言葉を奪っていく。




「さ、昼休みが終わる前に早く、行こう」




そう言葉を残すと、先輩は私の方を見ることなくスタスタと先を行く。


私はその後ろ姿を直ぐに追いかけることが出来なかった。





午後からの授業は当然、集中できなかった。
今でも鮮明に思い出す、あのときの光景。



普段の温厚な先輩からは想像もできない
酷く冷たい瞳



初めて先輩を怖いと思った



これ以上干渉してくるなという、拒絶
ひしひしと肌に伝わってきた



私、聞いてはいけないことを
聞いてしまったんだ



知りたい、そんな好奇心が先走りして
先輩の気持ちなんてちっとも考えてなかった



最低だ、



先輩を酷く傷つけてしまった




胸が、痛い、苦しいよ



なんでこんなに
苦しくなるのかわからないけど



このままじゃ駄目だってことはわかる
ちゃんと謝らなきゃ



でないと先輩が遠くに行ってしまいそうで、




凄く怖くて




不安に押し潰されそうになった









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あきゅろす。
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