37 来店のとき、支配人ですと挨拶してくれた女性も、どうすることもできず壁際に逃げている。ドロテアは護衛三人に従者が二人なので、そちらの方が単純に人数は有利。 「なぁビバルン、ガブちゃんたちのがつおい?」 「そりゃあ父親が王弟ですから。お嬢様以外嫌そうな顔してるでしょ」 あらためて見るとドロテアは「ふふんっ」と強気だが、彼女の護衛たちはガブリエラたちに必死な眼差しで「無理!」と、訴えかけているようだ。なんだか気の毒になってくる。 「ドロテア様、お時間の方が……」 今夜大切な用があるとドロテアは言っていた。ざっくりセックスの予定があるのだろう。 「お前は黙っていなさい」 従者の優しさをピシャリとはねのける。 キャットファイトに口出しするつもりはないし、ねちねちした口論を繰り広げるより、拳でドーンの方がさわやかだと思う。 湯地は見守っていたいのに、ガブリエラがこちらを意識している。だがそっと目配せした相手は自分ではない。 「外に出ましょう」 「いい考えですわ」 ドロテアの提案にガブリエラが賛成し、護衛と従者を連れて出て行ってしまう。店で暴れるのはよくないと、そこは気にするのか。王族がくるような店なので、神子の宮ほどではないが広い庭だ。こちらは石畳ではなく草(芝生とはちょっと違う)である。 力の差があるようだし、決着もすぐについてしまうだろう。湯地はこのままぐでぐでしておく。 「ん、ビバルン?」 「おい、ユチ様は僕がお護りすっ―――」 ぽんっと床を蹴ったビバルは、圧倒されるスピードでひとりの店員に近づき、顔面を片手でつかむとそのまま壁にぶん投げた。 「…………」 突然すぎて何が起こったのか分からず、キャーと悲鳴が上がるまで、湯地は口を開けておくことしかできなかった。 「短剣ひとつか、刃に毒が塗ってあるな」 投げられた店の人は気を失っており、ビバルはゴソゴソと武器を見つけ出した。 「おい、紛れているのは分かったが、どうしてそれだと見抜いた」 「一番新人だろ、だから意識して見てた」 「新人なんて話をいつ」 「雰囲気で分かる。なんか仕掛けてきそうだったし、さっさとしずめたんだよ」 ビバルにはそう見えていたらしいが、湯地たちにはさっぱりだ。 「……お前、何者だ」 「そっちが訊くのか?」 このタイミングで、ビバルがチェレスに牽制する。そんなのいいから、湯地にホウレンソウしてくれないだろうか。相談の方はもう遅いけれど。 「おいおいおい! どーなっとんだ?」 湯地はチェレスのスカートをつかみぶんぶんする。このままでは、お店の人がおびえたままだ。 「うーん、ユチ様が狙われていますね。外で戦闘している感じ、あのお嬢様はこちらの味方ですね。この説明の無さ、クラウディオ様が手を打ったのかと。あーガブリエラ様は本気で怒っていたし、警戒するていどにしか言われてなかったのかな? チェレスは本物の侍女だと思ってますけど、俺とは顔見知りですからね。こっちはいいからユチ様を見ておいてねーくらいの目配せだったんでしょう」 確かにビバルのことを知っていれば、どんなに過保護でも湯地を任せられる。 「ユチ、にせももらとももってる、それやあれやの?」 「もももも」 そうそうみたいに「もも」を使うビバルを、湯地はもちろんバンバンした。こんなときに、もっと真面目にしなさいと。 「護衛たちが外に出て、今のうちだと襲おうとし、こうなってしまったんです」 他人事のようだが、こうしたのはビバル本人だ。 「店主、こいつこんななりだが男だ」 「ま、まさか!?」 湯地もまったく気づかなかった。ビバルはゴソゴソしているときにでも気がついたのだろう。 「ガブリエラ様が予約して、少し後に雇ったんだな?」 「はい、常連の奥様に紹介状をいただきまして、腕も確かでしたし……」 「そりゃだまされるか」 巻き込まれて気の毒すぎる。 「ユチとビバルン、ここいけっいったのトトしゃんらけど、しっとてなんかな?」 「ユチ様の情報を手に入れるため、ガブリエラ様の周りをちょろちょろしていたんでしょう」 「らいじなむすめ、まもりゅよな」 だが、ここで雑魚を捕まえても解決にはならないのではないか? ドロテアの役割もピンとこない。 ←→ [戻る] |