[携帯モード] [URL送信]
36



「ああああああああ」

 産まれて初めて、湯地はエステなるものを体験している。頬をブルブルマッサージされているのだが、ついつい声を上げてしまうのだ。


「頬にお肉が集中していますので、すっきりさせましょうね」
「ああああああ」

 ただの丸顔だ、そっとしておいてほしい。そしてこの後、同じ理由で尻とお腹をもちゃもちゃ(オイルマッサージ)されたのである。


「……ちんろ」

 身体はすっきりしているが、異色な空間に精神的にまいった。ロビーにある低めの椅子にぐったり座り、お店の人が持ってきてくれたドリンクを飲む。歯が溶けそうなほど酸味が強いので、ちびちびと。


「局部まで施術されたんですか!?」
「しんどい、でしょう。耳腐ってるんですか」
「腐ってないから、聞こえたんだろう」
「というか、トップは屋敷にいるのに、なぜ飼育係がついて来るんです」
「クラウディオ様のご命令ですー」
「絶対に嘘でしょう。なんの役に立つんですアナタが!」

 低レベルなビバルとチェレスの言い争い。いくら騒いでも貸し切りなので許される、主として自由にさせておこう。

 結局ガブリエラに付きそう道を選ぶことになったのは、クラウディオにお願いされたからだ。ガブリエラは自分の体格の良さを気にしているので、興味はあるがエステに来られなかったらしい。貸し切りにすればいいとお金を出した父の娘愛がすごい。


(初日だけでも、一緒に行ってくれって頼まれたらなぁ)


 ガブリエラが必死に湯地を連れて行こうとしていたのは、当日になり不安になったからだろう。お店の人は流石にプロで、ガブリエラを見ても顔色ひとつ変えず接客していた。
 湯地は付きそいだけの予定が、サービスだと施術されてしまった。結婚式までの間ガブリエラは定期的に通うようだが、このお店なら問題ないだろう。


「もうしばらく、お待ちいただくことになるのですが……」

 お子様コースの湯地と違って、ガブリエラは施術の種類が多いので時間が掛かる。ガブリエラの従者にはぐったりしている湯地が、たいくつそうな子供に見えたのだろう。


「まかせりょ」

 圧倒的にぼんやりしている時間が多いので、湯地にはなんてことなかった。ぼんやりしているとだいたいいつの間にか寝ている、流石幸せな時間の使い方スペシャリストだ。クスクス笑い声で目が覚める。ガブリエラが湯地の隣の椅子に腰掛けて、同じドリンクを飲んでいた。
 笑い声はガブリエラだけではない。お店の女の子たちが集まっている。ほっぺをブルブルさせているときの湯地の顔が、可愛かったという話題で盛り上がっていた。ちょっと照れる。


(寝たふりしとこ)

 今起きると、楽しそうな時間に水を差すことになる。騒がしくして起こしたと、謝罪されたくもないし。



「―――ちょっと貸し切りってどういうこと!」

 誰だ、せっかくの楽しいムードをぶち壊したのは。湯地は飛び起きて、お腹にかけられていた布でさっとよだれをぬぐった。へそ出しファッションだったので、気をつかわれたのだろう。


「今夜大切な用があるのよ!」

 目を惹く美女ではあるが、常識も一緒にむだ毛処理したのか。


「本日ドロテア様のご予約は……」
「何度言ったら理解するの、わたくしは王女の娘よ、予約が必要なはずないじゃない」

 分かりやすく権力をふるっている。王様の娘の娘なので、ガブリエラと同じだ。育ちの違いがすさまじい。


「わたくしたちはもう帰るところなの。彼女たちを責めないで」

 ガブリエラの護衛や従者は止めようとしたけれど、女神より女神な彼女がこの状況を放置などできない。


「ん? あらガブリエラ様じゃない。……まさか貴女が? ふっ、アハハハ」

 高笑い選手権があれば、代表になれるくらいの高笑いだ。ドロテアが笑っているのは、ガブリエラの容姿をさげすんでのことだろう。


(この女、鼻の穴にダンゴ虫つめたろか)

 いや、鼻だけでは足りない。耳の穴もだ。奥に入って取れなくなったダンゴ虫が、死臭を放ち続ければいい。想像するとけっこうスカッとした。

 湯地がこんなにお怒りなのだから、自分の主人をバカにされて我慢できるはずがない、ガブリエラの従者や護衛がイライラしているのが伝わってくる。しかしドロテアは笑っているだけで、直接言葉にしたわけではなかった。


「貴女のような無礼な人、同じ王族だなんて恥ずかしいですわ」

 てっきり逃げ腰になっているのかと思いきや、ガブリエラは敵対心むき出しだった。


「なんですって!」

 ドロテア側にも従者や護衛が付いているので、両者のにらみ合いが始まる。もちろん湯地もガブリエラ軍だが、ダンゴ虫をつめる以外の手段が浮かばない。こんなとき神子やメルチョがいれば、穏便に解決してくれただろう。


(めっちゃ興味なさそう)

 ビバルはぼへぇ〜と眺めているだけだ。ちなみにチェレスはおろおろしている。湯地もガブリエラが乙女でなければ、ぼへぇ〜としていたと思う。



[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!