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「ああああああああ」
産まれて初めて、湯地はエステなるものを体験している。頬をブルブルマッサージされているのだが、ついつい声を上げてしまうのだ。
「頬にお肉が集中していますので、すっきりさせましょうね」
「ああああああ」
ただの丸顔だ、そっとしておいてほしい。そしてこの後、同じ理由で尻とお腹をもちゃもちゃ(オイルマッサージ)されたのである。
「……ちんろ」
身体はすっきりしているが、異色な空間に精神的にまいった。ロビーにある低めの椅子にぐったり座り、お店の人が持ってきてくれたドリンクを飲む。歯が溶けそうなほど酸味が強いので、ちびちびと。
「局部まで施術されたんですか!?」
「しんどい、でしょう。耳腐ってるんですか」
「腐ってないから、聞こえたんだろう」
「というか、トップは屋敷にいるのに、なぜ飼育係がついて来るんです」
「クラウディオ様のご命令ですー」
「絶対に嘘でしょう。なんの役に立つんですアナタが!」
低レベルなビバルとチェレスの言い争い。いくら騒いでも貸し切りなので許される、主として自由にさせておこう。
結局ガブリエラに付きそう道を選ぶことになったのは、クラウディオにお願いされたからだ。ガブリエラは自分の体格の良さを気にしているので、興味はあるがエステに来られなかったらしい。貸し切りにすればいいとお金を出した父の娘愛がすごい。
(初日だけでも、一緒に行ってくれって頼まれたらなぁ)
ガブリエラが必死に湯地を連れて行こうとしていたのは、当日になり不安になったからだろう。お店の人は流石にプロで、ガブリエラを見ても顔色ひとつ変えず接客していた。
湯地は付きそいだけの予定が、サービスだと施術されてしまった。結婚式までの間ガブリエラは定期的に通うようだが、このお店なら問題ないだろう。
「もうしばらく、お待ちいただくことになるのですが……」
お子様コースの湯地と違って、ガブリエラは施術の種類が多いので時間が掛かる。ガブリエラの従者にはぐったりしている湯地が、たいくつそうな子供に見えたのだろう。
「まかせりょ」
圧倒的にぼんやりしている時間が多いので、湯地にはなんてことなかった。ぼんやりしているとだいたいいつの間にか寝ている、流石幸せな時間の使い方スペシャリストだ。クスクス笑い声で目が覚める。ガブリエラが湯地の隣の椅子に腰掛けて、同じドリンクを飲んでいた。
笑い声はガブリエラだけではない。お店の女の子たちが集まっている。ほっぺをブルブルさせているときの湯地の顔が、可愛かったという話題で盛り上がっていた。ちょっと照れる。
(寝たふりしとこ)
今起きると、楽しそうな時間に水を差すことになる。騒がしくして起こしたと、謝罪されたくもないし。
「―――ちょっと貸し切りってどういうこと!」
誰だ、せっかくの楽しいムードをぶち壊したのは。湯地は飛び起きて、お腹にかけられていた布でさっとよだれをぬぐった。へそ出しファッションだったので、気をつかわれたのだろう。
「今夜大切な用があるのよ!」
目を惹く美女ではあるが、常識も一緒にむだ毛処理したのか。
「本日ドロテア様のご予約は……」
「何度言ったら理解するの、わたくしは王女の娘よ、予約が必要なはずないじゃない」
分かりやすく権力をふるっている。王様の娘の娘なので、ガブリエラと同じだ。育ちの違いがすさまじい。
「わたくしたちはもう帰るところなの。彼女たちを責めないで」
ガブリエラの護衛や従者は止めようとしたけれど、女神より女神な彼女がこの状況を放置などできない。
「ん? あらガブリエラ様じゃない。……まさか貴女が? ふっ、アハハハ」
高笑い選手権があれば、代表になれるくらいの高笑いだ。ドロテアが笑っているのは、ガブリエラの容姿をさげすんでのことだろう。
(この女、鼻の穴にダンゴ虫つめたろか)
いや、鼻だけでは足りない。耳の穴もだ。奥に入って取れなくなったダンゴ虫が、死臭を放ち続ければいい。想像するとけっこうスカッとした。
湯地がこんなにお怒りなのだから、自分の主人をバカにされて我慢できるはずがない、ガブリエラの従者や護衛がイライラしているのが伝わってくる。しかしドロテアは笑っているだけで、直接言葉にしたわけではなかった。
「貴女のような無礼な人、同じ王族だなんて恥ずかしいですわ」
てっきり逃げ腰になっているのかと思いきや、ガブリエラは敵対心むき出しだった。
「なんですって!」
ドロテア側にも従者や護衛が付いているので、両者のにらみ合いが始まる。もちろん湯地もガブリエラ軍だが、ダンゴ虫をつめる以外の手段が浮かばない。こんなとき神子やメルチョがいれば、穏便に解決してくれただろう。
(めっちゃ興味なさそう)
ビバルはぼへぇ〜と眺めているだけだ。ちなみにチェレスはおろおろしている。湯地もガブリエラが乙女でなければ、ぼへぇ〜としていたと思う。
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