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 猫の肉球と同じように、ライオンの肉球が可愛いのは当たり前だ。


「少し目を離す隙くらい、あたえてはくれないだろうか?」

 クラウディオは怒っているのか、それとも「このいたずら坊主め☆」くらいのノリなのか分かりにくい。
 湯地はたいしたことはしていない、文字を書くのに手首が疲れたので、トップの肉球をスタンプにして遊んでいただけである。クラウディオが用事で席を立っている間に。


「ちなみにこの書類は、陛下に提出するものだ」
「ひょー!?」

 避けてあったので、不用紙と勘違いした。契約者などには目を通さずサインしてしまうくらい、書面の文字を読まないタイプだ。


「まぁ大事ではないが、とりあえず手を貸しなさい」

 クラウディオは自分の手のひらの上に、湯地の手をパーで乗せるように指示してくる。太めの筆に黒いインクを染みこませ、湯地の手のひらにぺたぺた塗りだした。


「ひょっふおっ」

 くすぐったくて変な声が出る。クラウディオは湯地が手を引っ込めようとするのを許さない。


「はい、ここにペッタンする」
「……ん?」

 トップの肉球スタンプにかぶせるように、湯地の手形を押しても誤魔化せるはずがないと思う。だがインクが乾くとせかされて、戸惑いつつもペッタンした。


「よし、これなら喜ばれるだろう」

 どうやらキングマッチョは神魚様の手形でご機嫌になるらしい。微妙な兄心をよく理解した弟である。



 獅子も一緒に手を洗ってきなさいと、クラウディオの仕事部屋から追い出され、手洗い場でちゃちゃっとインクを流す。命令されてやって来たのか、飼育係のビバルにトップを回収されてしまう。
 湯地が戻ってくると、クラウディオはむむっと眉間にシワを寄せた。


「早すぎる、爪の中まで洗ったか?」

 習字の授業のとき、汚れると大変だった。確かにあれと同じだが、今の湯地には不思議なちからがある。「きれいになーれー」と水に流せばあっという間だ。


「ぴっかぴから!」

 ほれほれと、お星様キラキラのポーズでひとつも汚れていない手を全力アピールした。


「分かった十分だ、疑ってすまない。大人しく席につきなさい」
「おう」

 完璧に乾いていない手をキラキラさせたので、水滴がクラウディオに飛んでいったようだ。やれやれと頬をぬぐっている。


「そうだ、先ほど報告があった。ミケロッツォは何事もなく先に進んでいるようだ」
「ほう!」

 出だしから山賊が登場していたが、その後は平和な旅のようだ。
 報告というのはミケや第一王子からではなく、クラウディオが後を付けさせている部下からだろう。


「が、カヴァリエーレが熱を出したらしく、数日宿屋で過ごすことになりそうだ」
「おお! らいじょぶか?」
「慣れない旅に野営だ、ジャンパオロ相手に緊張もしているだろうしな」
「…………うん??」
「どうした面白い顔をして」

 もの凄く聞き覚えのある名前が、クラウディオから飛び出した。


「ジャ、ぱおりょ……ぱお……」

 パオと言えば湯地の理想のマッチョである。ミケの手紙には第一王子と書いてあった、ということはつまりそうなのか? しかしこれまで聞いてきた、第一王子の情報とパオが同一人物であるのにぴんとこない。特に女神の「女好きでいじわるゴリラ」に納得がいかなかった。


「来たばかりのとき、会っただろう?」
「あーぱっぱり!」
「ぱ、につられすぎだ」

 ミケが湯地は第一王子と会っていないはずと言っていた、それは彼に放浪グセがあるのでそう思っただけなのだろう。あれいらいパオを見ない理由がよく分かった、あの日彼が自室にいたのは本当に偶然だったのだ。部屋に食料品をストックしていないわけだ。


「ジャンパオロが第一王子だと、知らなかったとはな」
「ミケにてる、ももったけんろ、おーじはかんがえんかた」
「きちんと自己紹介しないあの子が悪い。しかしミケロッツォとそんなに似ているか?」
「ふんにき」
「まぁ、無理もない」

 パオの姉、ヴェロニカがミケの母親だ。確かに無理もない。


「れも、はなちとちゃう。いじわりゅごりらって、だいいちおーじ」
「意地悪ゴリラ? 誰だそんなことを言っていたのは」
「めがみ」
「…………会ったといっても短い時間だろう」

 女神のことは聞かなかったことにしたいらしい。ところで女神といえば、パオが第一王子だときちんと認識しているのだろうか。あのときは何も言っていなかった。


「そーらけど、なんらかなー?」

 なんとなく秘密がありそうな気がしてならない。メルチョとの関係も事情があって別れたようだし。あのとき話してくれなかったのだから、ビバルも教えてくれなさそうだ。


「さぁ、お昼まであと少しだ。続きをしなさい」
「おっす」

 ミケたちの任務は使者を連れてくることだ。パオは必ず一緒に戻って来るので、毎日どんなトレーニングをして何を食べているのかなど、マッチョな話を聞いていれば本当の人柄が見えてくるはず。


(とりあえずパオより、イレネオに事情聴取しないとな)

 本日ガブリエラは午後からエステに出かけるので(何故か執拗に誘われた)、その間にちゃちゃっと済ませる予定である。彼女を巻き込みたくないので話に入ってきてほしくないが、仲間はずれにすると落ち込みそうなので。



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あきゅろす。
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