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18



 予定通り仕事を終わらせ、リオは自室へつながる廊下を歩いている。
 やっとおとずれたプライベートの時間、考えるのはサクラのことばかり。


「――おや?」

 ラピュで様子をうかがえば、彼は予期せぬ行動に出ていた。


「……夜這いは、あり得ないし」

 間違いなく、サクラはリオの部屋にいる。

 澄ました顔でリオのベッドに腰掛けていられるサクラは、本当に危機感のカケラもない。相手が自分のことを好いていると知っていて、無防備でいられるのは彼らしいが。



「遅いんだよ」
「すまない」

 リオは軽く驚いた。あまりにもサクラが人の部屋で態度を大きくしていたから。眠くて不機嫌になっているのが最高に可愛い。一重まぶたがいつもよりおもたそうだ。


「てか働きすぎだろ」

 オーバーワークを心配されることはしょっちゅうだが、相手がサクラだと気にかけてもらえたのが嬉しくてたまらない。


「睡眠も休息も、十分とっているよ」
「嘘くせっ。……王様が倒れたらやばいだろ」
「管理は得意だから」
「ふーん」

 ここまで素直じゃないところが魅力的な人も珍しい。いじらしさや健気さより大好物だ。


「サクラはどうして私の部屋に?」
「夜這い」
「な!?」
「ってのは冗談で、なんかしでかそうと思ったけど、待ち時間が長くてやる気もげた」
「もげ? 驚かせないのなら夜這いが一番効果があるが」
「俺男ダメ」
「女性が好きか」
「……まぁ」

 サクラが女性を好きになるところが想像できない。美女そろいの侍女に対しても、年頃の男の子らしくドキドキする様子は見られない。侍女たちは弟ができた気分になると、陰で話しているくらいだ。


「反応薄いんだな」
「……なんとなく、サクラが誰かに恋愛感情を抱くとは思えない」
「ガキだからとか言ったら殴る」
「違う。そういう素振りがいっさいないだろう?」
「好きになってもないのに、素振りもクソもねーよ」

 特定の相手を作らないリオは、かつてパウルと似たような会話をした経験がある。サクラと同じようなことを、確かに自分も言った。


「アチラでは恋人はいたのか?」
「たまに」
「好きだった?」
「別に。付き合ったら、思ってたのと違ったの繰り返し」
「それではサクラも、恋愛感情で人を好きになったことはないのだな」
「おう」
「では、私の勘は当たっている」
「でも男なんて触って、楽しめる気しねーから」
「男が駄目とは体の話か」

 確かにリオが相手にしたのは女性の方が多い。だが性別にこだわりがあるわけではない。
 男が駄目だということは、サクラはそちらの経験はしていない。そうだと思ってはいたが、決定的な証拠は嬉しいものだ。


「てかココでは自由かもしんねーけど、同性ってレアだったし。周りに理解されなくて自殺する人とかいたっぽい」
「レアとは?」
「珍しいってこと」
「ふむ、サクラは時々知らない“音響”を使うね」
「おんきょう?」
「ミミズ字と一緒に坊ちゃんから教わるよ」
「ふーん?」
「しかし世界が違うと驚かされることがあるね。人間同士なのに深刻になる必要があるか?」
「わかんねぇ。俺のいた国は、同性だと結婚出来ないし」
「大丈夫だ」
「何が大丈夫なんだよ」
「ふふ」

 リオの言いたいことが伝わったようで、「絶対しない」とサクラは吐き捨てる。リオに気に入られた時点で、サクラに手を出そうとする人はこの国にはいない。彼の支配力は世界的にみても強いもので、サクラはそのことがまだよく分かっていなかった。サクラを欲しがるものは、よっぽどの馬鹿かラファエラと同じ力を持った大国のトップだけ。


「そろそろ寝る」
「ありがとうサクラ」
「なんでお礼?」

 そこは普通おやすみだ。しかも元はいたずら目的でやってきたサクラに、リオがお礼なんておかしい。


「待っていてくれたから。とても会いたかったんだ」
「バカじゃねぇの」

 口説くように甘い口調で言っても、サクラはあきれるだけ。お姫様になったような夢心地な気分とはほど遠い。
 リオは自分の顔がいいことは流石に自覚済みなので、相手をその気にさせることに長けている。けれどサクラには効果ゼロで、逆にこちらが揺さぶられてしまう。無自覚の恐ろしさをリオは知った。


「そうだ。なぁ、ちょっと手貸せよ」
「何故だい?」
「いいから」

 リオにとっては小さなサクラの手に、自分の手を重ねて置いた。


「引き千切るのか?」
「なんでだよ?」

 サクラは自分が言ったことを忘れているのか、「はぁ?」と口を歪ませてリオを見る。これには苦笑いを返すしかない。


「千切れるわけねーじゃん」
「だな」

 やはり忘れていた。


 サクラの視線は、重ねられているリオの手に移る。これからどうなるのかは、手を貸せとサクラが言った時点で、薄々気が付いていた。
 


(期待しても、いいだろうか)


 サクラの柔らかな唇が、ぽってり落ちて来ることを。



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