05
だらだら暇をしていたアキだが、診療所でジョージの手伝いをし始め、すっかり島に馴染んでしまった。アキがここで暮らすと言い出すのは、時間の問題だとクリスは新垣ふうふと予測していた。
この島に不満を持っていたはずなのに、いつの間にか受け入れた様子だから。タバコの量も減って、一日5本になっている。
新たに子供部屋を作ろうと、クリスは密かにたくらんでいた。しかしアキはあっさり「帰る」とみんなに報告してきた。三日後に本土へ行く、船のチケットをとった後に。
***
夕日に染まった海をパシャパシャ、かっこいいカメラでアキは撮影中だ。ときどき船が通ると、ラッキーと独り言が聞こえる。
隣にクリスがやってきているのに、しばらくカメラのレンズをのぞくのを止めない。
「いいカメラだね」
「カメラはな、俺の腕は無い」
挫折中の夢はこれだと、態度があからさまで聞かなくても分かった。
「なぁ、天罰ってマジであんだな」
「カメラの話どこいった?」
「いやーまったく関係ないわけじゃないから。俺さぁ風景撮るのが好きなんだ。でも……金欲しさにゴシップ写真ばっか撮っててさ、いつか天罰がくだると思ってた」
大切そうにカメラを持つ、アキの手が小刻みに震えている。
「逃げたんだ俺、ここに隠れに来た。才能無いくせにプライドだけ高くて、アイツの隣に立たないとって意地張ってさ。結局迷惑かけただけだ」
「アイツ?」
「俺のつれかな。すっげー好きな人」
「アキもしかして、彼女いっぱいいないの?」
「おう。ホモじゃないっつったけど、アレも嘘だぜ」
「じゃあアキのアイツは男なの?」
「まーな」
「……新垣ふうふみたく、かけおちしてくる?」
「あはは、俺はあっちで頑張るよ。アイツはもう戦ってるみたいだし、駄目ならそのとき駆け落ちするな」
「楽しみにしとくね」
「クリスひでぇ」
「だってアキいなくなるのさみしいもん」
「俺も寂しいぞ。クリスの可愛い顔が見えなくなんの」
悪戯っぽく笑ったアキは、二三歩下がってからカメラを構え、クリスをパシャっと撮った。天然の金髪が海風でなびき、とてもきれいだそうな。
別に撮られるのは嫌ではないので、アキの勝手にさせる。
「ありがとな」
「思い出写真くらいいいよ」
「そうじゃなくて、素直に好きとかキモイこと言えるようになったの、クリスのおかげだ。腹くくれたよ。アイツの望みどおり専業主夫になってやる」
「カメラは?」
「本当は写真、とっくにあきらめてたんだよ。なーんかつらくなってたし趣味で十分だ。アイツとの関係が、俺の挫折中の夢だから」
遠くを見詰めているアキ。心は最初から向こう側げあった、アイツの所にずっと置いたまま島へ来た。
「なるのはいいけど専業主夫なめんな。――アキのアイツの好きな食べ物は?」
「えーっと、すき焼きかな」
「作れんの?」
「無理」
「まったく、しょーがないなぁ。クリスが教えてあげる。帰ったら一番さいしょに作って食べてもらうんだよ」
「了解クリスママ。ちゃんとするよ、アイツ失恋ソング書いて泣いてるだろうし」
「ふぁ?」
「よし、買い物行こうぜ」
「あっ、うん!」
お料理教室をしながらだったので、晩御飯はいつもより遅い時間になった。新垣ふうふも呼んで、ふんぱつして買った高い牛肉をほくほく食べる。
クリスの味付けはかなり甘めだが、それが美味しいとジョージは奥さん自慢をする。クリスは照れるのを誤魔化すために、得意げになり調子にのっておいた。だってかなり恥ずかしい。
素面なのはお酒が飲めない、未成年のクリスだけだった。
「ひゃっひゃー」
「ほら、どんどん飲めアキ!」
島の地酒「男の浪漫」に飲まれれば、ぽろっとアイツのことを話してくれるかもしれない。しかし、アキはクリスとジョージの馴れ初めについて聞きたがる。
仕方がないので話してあげたら、終わる頃にアキはころっと眠ってしまったのだ。
結局アイツの名前を、教えてもらえないまま別れとなった。
でもトオルっちがアキが忘れていったアイポットの中に、同じ人の曲しか入っていないと言っていた。
ちょっと前に男とできていると、スクープになったミュージシャンだそうだ。
その人の新しく発売されたCDを買って、ジョージと一緒に聴いてみた。
「胸にじんとくる歌詞だね。気持ちが凄く分かるのは、やっぱり僕たちと似てるからかな?」
「うーん。だんなさんの歌だから、クリスからするとちょっと違うね」
「あぁなるほど。でもクリスはよく分かるね、彼が旦那さんだって」
「なんとなくだよ」
彼がアイツであるならば、アキの旦那はかなりの愛妻家だ。ジョージにはもちろん劣るけれど。
「でもジョージおんちだし、歌うならクリスかな?」
「おや、クリスが歌ってくれるのかい」
「だってよそのふうふに負けたくないの。勝負するなら作詞作曲しないとダメだけど、クリスのラブラブポエムはふみちゃん先生に“金平糖の詩”ってタイトルで、大会に提出されたんだよね」
「代表に選ばれたんだから、クリスには才能があるって事じゃないか」
「たしかに」
「文系じゃないけど、僕もクリスにラブソングを書いてみるよ」
「ジョージ好き!」
完成したジョージのポエムは、ふみちゃん先生に“金平糖の詩2”とタイトルをつけられてしまう。両方ともできはいいので、とりあえず1も2もトオルっちに住所を教えてもらって、アキの嫁ぎ先に送ってみた。
宛名は矢吹アキではなく、旦那(仮)の本名をネットで調べ名字だけ変えた。だからちゃんと届くか不安だけど、なんとかなるだろう。
数日後、アキとやっぱり旦那だったアイツから、和菓子屋さんの和紙に入った高級な金平糖が5袋送られてきた。
←
無料HPエムペ!