みらいのこと
大抵の事に「へー」としか感情がわかない僕であるが、これには「ひえっ」と微妙な声を上げてしまう。
生徒会で副会長を務めている僕は、色々あってここ最近役員の仕事が忙しい。僕を応援してくれている親衛隊の子たちは、無理をしてお茶会に参加(ファンサービス)しなくていいと言ってくれた。その代わり僕に似せたドールを作りたいと拝み倒され、へーと思いながら許可をしたのが始まり。
色々が解決に向かいだし、時間が取れるようになったので、お茶会にサプライズで登場してみた。そして僕は、僕の席に座る僕に「ひえっ」となったのである。
まさかドールが等身大だとは。この短期間で作製されたとは考えられないクオリティーの高さ。職人にどれほど無理をさせたのか、とんでもない金額だっただろう。
親衛隊は自分たちがクレイジーだと自覚はあるようで、僕には可愛くデフォルメした、小さなドールを紹介する予定だったと涙ながらに語る。突然やって来た僕もよくなかった。親衛隊に入隊する時点で、彼らはどこかしら歪んだ愛情を持っているのだから。
ドールを作ると知っていた、僕の心臓がバウンドしたのだ。とある人を驚かせるのに、これは使えるとヒラメキ、誰もいない生徒会室にコソコソ運ばせる。
「こっわ……」
僕の席にドールを座らせ、仕事をしている風に書類や愛用のティーカップを置いてみた。もう一人の自分がいるみたいで身の毛がよだつ。
しばらくすれば、驚かせたい相手がやって来る。休憩用のソファーに寝転ぶと、ちょうどいい死角だ。しかもこっそり、無様な様子をカメラにおさめられる。動画の方が面白いかな?
眠たいのを我慢しながら待っていると、ガヤガヤ生徒会室に誰かが入って来る。ガヤガヤしている時点で、僕が待っていた相手ではない。今日はこないと思っていたのにな。
「おい美来(みらい)、コーヒー」
生徒会長な彼が、なんの疑いもなくドールに命令した。どうやら生徒会メンバー全員が来たみたいで、みんな好きな飲み物を注文する。
「あれぇ、美来先輩無視ですかぁ? 酷いですよぉ傷つきましたぁ」
後輩で補佐な彼がドールを揺さぶり、その力が強かったようで、どさりとドールが床に落ちる。
「えっえっ美来先輩!?」
「何やってるのお前、美来ちゃん大丈夫?」
補佐を責めているのは会計だ。みんなしゃがんでしまったから、声でしか認識できなくなった。今更じゃじゃーんっと出て行くのもなぁ。イタズラ大成功ってやりたかったのは、生徒会メンバーじゃない。
「……おい、これ人形だぞ」
一番に気がついたのは会長か。色々あった件で、すっかりバカだと思っていたけれど、もともと勉強は出来る子だからな。ちなみに色々あった件とは、季節外れの転入生に僕以外の生徒会メンバーが夢中になってしまい、ただでさえサボりクセがあったみんなが、ほぼほぼ仕事をしなくなって大変だった件だ。転入生はこの学園で再会した幼馴染みの同級生(一匹狼不良くん)と、付き合う事になったらしい。つまり生徒会メンバーは仲良くふられたのである。
「うっわ、マジで人形だ。美来ちゃんのストーカーが置いてったんじゃない?」
「わー例のストーカーってぇ、ついに生徒会室にまで入れるようになったんですかぁ」
……ストーカーの件は知らないよ? 僕にストーカーがいた? 身に覚えがまったくない。
「副会長ってあまり表情が変わらない人だし、本物みたいで気持ち悪ぅ」
「ふーん、お前ってまだ美来に嫉妬してんだな」
「はぁ? そーいうんじゃないし!」
書記と会長が口論してる。書記って可愛い系の美人なんだよね、僕はキレイ系の美人らしいからタイプは違うんだけど、ランキングで僕の方が票が多いから、嫌われているんだろう。
「あっ、ほっぺた柔らかい」
「なに触ってるの会計、って、脱がすなバ会長!」
「どうなってるか興味あるだろ?」
書記が止めてくれたみたいだけど、乳首がピンクで立っている仕様とか聞こえてくるから脱がしたな。僕はドールの顔の作りしか確認していない。乳首もちゃんと付いていたんだな。……必要? 下もよく出来ているとか言われてるし、キレイな顔をしてこんなエロい身体を隠していたのかとか、裸で生活する人の方が少ないでしょ、あたりまえに隠すでしょ。そもそも僕じゃなくて、それドールだってば。
「しかしストーカーもまだまだだな、俺なら美来に赤色のブラとTバックは着けない」
「俺も会長に完全同意。美来ちゃんは肌が白いし、白か薄いピンクだろ。こんなギラギラしたのより、甘めなデザインの方がギャップがあって萌える」
「だな、これを選んだやつは間違いなく童貞だぜ」
ちょっと何を分かり合っているんだ、会長と会計のフェロモン男子コンビは!? そもそも何故ブラジャーしてあるんだ、僕にはいらないものだろう。ショーツがTバックというのもおかしいけど。闇が深すぎて親衛隊に問い詰められないよ。というか全員違和感を持って、乳首に注目する前につっこむところだったじゃない。普通スルーする?
「会長、美来先輩の膝を抱えて持ち上げてくださいよ」
「それだと俺がよく見えないだろ」
いつもなら静かで大人しい、庶務の後輩が突然どすけべな事を言い出した。僕の、違うドールの脚を開いて、その……見やすくするんだよね。
「お願いします」
「ったく、しょうがねぇな」
「あざっす」
しょうがないのは会長もだ。いつもは後輩の言うことなんて絶対聞かないくせに、どうしてあっさりやるんだよ。お〜って歓声が沸いているんだけど、身の危険を感じ過ぎて、今更止めに行けないよ。ここにいるのを、見つからないよう祈るしかない。
「キレイっすね……」
「バカでしょ、実際はこんなんじゃないよ」
「でも美来先輩ですよ」
自分のあそこらへんをまじまじ見たことがないし、分からないけれど書記の言う通りだと思う。ドールと比べられたら人間なんてね。
「俺これみたいに、陰毛が生えてない方が好きなんです」
庶務ってこういう話題ならよく喋るんだな。俺も俺もって、ここはパイパン好きの集まりだったのか。そして唯一の「俺はぁビッチリもじゃもじゃ派〜」って言った補佐、そこは暴露しなくてもよかっただろう。そういう大会じゃないんだから。
「やっぱそれ用なんだ」
「うわ! よしなよ会計、ストーカーが使用済みの穴だよ」
「書記ちゃんは潔癖だな、指なら平気じゃん」
それ用ってナニ!? お茶会用でしかないはずなんだけど。親衛隊は僕のドールでエッチなパーティをするつもりだったのか。可愛いい子が多いと思っていたのに、ネコの皮を被ったタチ集団だったんだ。残りの学園生活、穏やかな気持ちで過ごせそうにないんだけど。
「―――っおい、美来…………!!」
あっ、僕の待ち人がやっと来た。予定通りバッチリ見える位置だ。彼の表情がみるみる般若になっていくので、悲鳴を上げないようぎゅっと口をつぐむ。迫力があり過ぎる。
「……オマエラ、コロス」
僕が襲われているところにしか見えないせいだ。彼は風紀委員長だから、こういう現場は始めてではないだろうが。
「ちが、違うからね颯真(そうま)」
「あぁん?」
あ、が濁音になっている。幼馴染みの書記にも容赦はしないらしい。
「これ副会長じゃないから、ストーカーが置いていった人形だよ」
「はぁ? ストーカーならとっくに始末した。ちっ、新しいやつか」
へーじゃあもう、僕にはストーカーがいないのか。颯真くんが言うんだから、本当にいたんだな。
「人形だとしても興奮してんだろ。その事実だけでコロス」
興奮って……まぁしていたか。ドールの構造を知りたいのが、メインだったとは思うけど。
「美来はお前のじゃないだろ」
「バ会長、何刺激してるの! ごめんね颯真、悪ふざけが過ぎただけだから」
書記が必死に謝ってるよ、一番悪くないのに気の毒だ。会長と書記以外は、颯真くんが恐すぎて縮こまっている。
「好きなやつの事だ、自分の立場になって考えてみろよ」
「……悪かった」
珍しく会長が頭を下げている事よりも、僕は……僕は……とんでもないことを聞いてしまった! 颯真くんが僕のことを好きだったなんて。好きだったなんて。
もしかして、僕がひとりで生徒会の仕事をするようになってから、いつも同じ時間帯に来ていたのは心配で? サボっていないか監視されていると思っていたから、僕は気分を害していたよ。
「次はないぞ。これは俺が処分する」
あっあっあぁぁ、やだやだ。ドールが裸な事が急に恥ずかしくなってきた。このままだと颯真くんが服を着せるんでしょ。むりむり耐えられないから。
シーツをばさっと広げ、とにかく速くドールを隠すために飛び出した。シーツはここにドールを運ぶとき、包んでいたもの。
「――ひあぁぁ!!」
大慌てで動く事なんて普段ないから、ぬるっと転んでしまった。でもシーツはいい感じに、ドールの上に舞い降りた。
「美来!?」
いないと思っていた僕が出て来たら、みんな驚いて当たり前だよね。僕の名前を叫んだのは颯真くんで、ぱっと手を差し伸べてくれた。
「いたのか、って……もしかして聞いて?」
「は、はい」
颯真くんは同級生だけど、ついつい敬語になってしまう。どうすればいいのか分からなくて、生徒会メンバーに助けを求めようとしたけれど、この隙に逃げる事を即決したみたいで、ドアのところで手をふっていた。書記にはすっごい睨まれたけど、颯真くんをふったらゆるさないって事だろう、幼馴染みの友情だな。
「いったいどういう事だ?」
「実は……」
僕は「ひえっ」となったところから全て、颯真くんにイタズラをするつもりだった事を話す。
「―――じゃあ最後まで、隠れていればよかっただろう」
「それは颯真くんが、僕を好きだって言うから」
「そこ? にしては、間があったな」
「ったから……」
「なんて?」
「恥ずかしくなったから、ドールでも颯真くんに裸を見られるのが」
「!?」
顔というか全身がなんだか熱い。感情が高ぶると、人間ってこんな風になってしまうんだな。
「だから見ないで、僕が服を着せるから」
「悪い、もうかなり見た」
「うぅ、絶対に比べないでよ」
「は?」
「だってドールの方がキレイじゃないか」
「あー、意味分かって言ってるのか?」
「ん?」
「つまり、美来は俺にっ……はぁ、まいったな」
どうしたんだろう、颯真くんの肌が見える範囲全て赤くなっている。おまけに口元を押さえてぷるぷる震え出した。
颯真くんが普通に戻るまで、僕は首をかしげて待っていた。
「ほら、さっさと服着せろ。ブラこんなとこに落ちてるぞ」
「捨てて!」
だからブラジャーがある事に、まず違和感を持とうよ。
ショーツも捨ててしまおうか、布面積足りてないし。ドールに服を着せている間、颯真くんは後ろを向いてくれている。
「……あのさ、ストーカー撃退してくれてありがとう。僕まったく気づいてなくて」
「美来には知られないよう、動いていたからな」
「へー」
多分、僕を不安にさせないためかな。自衛しなくていいくらい、がっちり護ってくれていたんだね。なるほど、風紀委員から「姫様」って呼ばれていたのは、意味があったんだな。僕の名前が女の子っぽいせいだと勘違いしていたよ。
「よし、出来た」
「じゃあ運ぶぞ。親衛隊には俺から話すか?」
「大丈夫、自分でなんとかする」
「そうか」
ドールはそこそこ重さがある。僕も手伝おうとするけれど、颯真くんに断られた。とりあえず寮に持って帰り、どう処分するか考えるらしい。僕もこのまま颯真くんと寮に戻る事にする。
隣を歩いている颯真くんが、じっと僕に視線を向けている。前を向いて歩こうよ。
「なに?」
「コレじゃなくて、本物を抱っこしたいなって」
「…………」
あっ! 本物って僕の事か。重さ比べをするのかな?
「ふふっ、後でね」
笑って答えると、ドールからミシっと嫌な音がした。颯真くんがぎゅっとしたから、加減してもらわないと僕も潰されるかも。
「優しくしてね」
何故だろう、颯真くんがごくりと固唾をのんでいる。
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