02 あれから一週間たってもまだアキは東京に帰らない。 体育のダンスの授業で、ブレイカーなふみちゃん先生は、ストレスをダンスにぶつける日々を過ごしている。 ブレイクダンスマジでやべぇって、暇をもてあましているアキが覗き見していたらしく、クリスにやべぇやべぇと何度も言ってくる。慣れ親しみまくったアキの口調は、初日と比べるとすっかり雑でこれが素らしい。 「アキはエビの背わたとるの下手くそだな〜」 「文夫のダンス完全スルー!?」 「だって、ふみちゃん先生がダンスうまくてもいいじゃん」 わー先生すごーいと、生徒たちは盛り上がって楽しいし。 「なんつーか、あの見た目と合わないだろ。普通じゃん文夫って」 「アキはさ、ふみちゃん先生が何やっても気に食わないだけだろ?」 「うっ、小学生に見透かされてる俺って……」 「いいから背わたとれよー。アキもフライにするぞ」 「うっせぇ、背わたとか初めてとってんだよ!」 今夜のメニューはエビフライである。アキは今日こっちに泊めてと、ジョージにお願いしたので診療所にいるのだ。 診療所はもともと奥に畳みの休憩室があって、そこが居間になるよう改築をし、豪華なキッチンやお風呂などつけてもらった。寝室もちゃんとべっこにある。 「アキはトオルっちが好きだから、ふみちゃん先生が嫌いなわけ?」 「……別にトオルは幼馴染で親友で、恋愛感情はねぇし。俺ホモじゃないから」 「ふーん」 「もともとノーマルだったトオルがさ、文夫に惚れたのがわけわかんねー。なんかムカつくだろ。家族と縁きってまでさ、こんな離島でこじんまり生きてるとか。頭いいし男前なのに」 こんなってどんなだろう。クリスはとてもいい島だと思うけど。 「でもアイツ等と一緒にいて、段々二人の空気? 雰囲気がとにかくいい感じで、文夫よりトオルのこと大切にしてくれる奴はいないとか、思いはじめてるのに更にムカつく。もうトオルは戻ってこないって確信しちまって、文夫にあたるとか馬鹿だって分かってるけど……」 「トオルっちしか友達いないの?」 「いる。ダチも、仕事仲間も彼女もたくさん。でもトオルは一人だろ」 「そっか、でも愛に勝てないのは仕方ないもんな。彼女たくさんいるなら、分かるだろそんくらい」 「まぁ体だけの関係ばっかだけどな」 「うん?」 「あっ、そっちのトークは出来ないのか。よかった譲治先生ギリ犯罪してない」 「おお?」 アキはクリスと同じ年の頃、トオルっちとどんな風に遊んでいたとか、聞いてもいないのに思い出話しをしてくる。エビをそっちのけで、タバコを吸おうとしはじめたので、とりあえずびんたをして止めた。 「エビっ!」 「はっはい、すみませんクリス様」 再度手を動かしはじめたものの、アキの過去語りはしつこく続く。 高校を中退し夢に向かって走り出す俺を、応援してくれたのはトオル一人だけだったとか。ちなみにアキの夢とやらは、現在挫折真っ最中なので教えてくれない。 「クリスの夢ってなんだ?」 「うーん、とくにない」 「消防士とか宇宙飛行士とか、小学生児童が憧れる職業が色々あるだろ」 「きょうみないし」 「じゃあクリスって、何が好きなんだ?」 「ジョージかな」 「あーはいはい。奥さんだもんな、永久就職済みだったな」 「まぁね」 得意げにふふんと笑ってやると、エビを水洗いするのにまぶしていた片栗粉が、宙を舞いそうになった。 「でも譲治先生の助手すんならさ、資格とかちゃんととった方がいんじゃねえ。ピノコのままだと現実ではなぁ」 「誰それ? アキの知り合い?」 「俺の知り合いじゃないけど、クリスと同じ奥さんで助手のちびっこだ」 「へー。こまってないし必要なさそうだけど、ゆーきゃんで探してみる」 「いや、医療は事務くらいしかないんじゃね?」 「じゃ、あきらめる」 「はやっ!」 島に高校はないので、クリスは中学を卒業したら勉強は終了と決めている。専業主夫になれる日が待ち遠しい。 下ごしらえが出来たエビは、いったん放置プレイだ。揚げたてを食べたいので、他の料理を作った最後にフライする。 とり天の方が好きだなーと今更ぼやくアキに、ジョージはエビ料理が好きなんだとクリスは怒った。だからエビの下ごしらえは手を抜かない。 ←→ |