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愛妻家のラブソング



 いつものように金平糖の桃色だけを、透明なガラスの容器に入れる。これはジョージのだから、後で診察室の机の上に置いておく。

 あまったのをクリスが食べなよとジョージは言うけれど、5袋の金平糖から桃色を取り除いたそいつは、量が多くてとてもじゃないが食べきれない。だって、毎月おこなわれる行事なのだ。約ひと月で容器から桃色の金平糖は無くなる。

 クラスメイトに配ると、最近は困った顔をされてしまう。みんな一生分の金平糖を食べて、これ以上は必要ないようだ。クリスはジョージが口に運んできたら仕方なく食べる。


 この小さな離島で唯一の医者、それがジョージだ。



***





「ただいまトオルっち! ふみちゃん先生きげんわるかったけど、またふうふゲンカ?」
「お帰りクリス。ケンカはしてないよ。俺の幼馴染が島にやって来てるんだが、ふみちゃんとの相性が悪くてね」

 クリスの自宅である診療所に学校から帰ると、出迎えてくれるのは受付にいた看護師の新垣透(にいがきとおる)。
 島にこれまたひとつしかない小中学校で、小学の中学年クラス(3、4年生)で担任をしているのが、新垣文夫(にいがきふみお)。ふみちゃん先生はトオルっちのお嫁さんである。


「見る! 家いるの?」
「いや、そこの浜辺でぐったりしてる。二日酔いでな、海風で頭をひやしてるんだ」
「おとこのろまんか」
「あぁ、止めたんだけど、男の浪漫にまんまと飲まれた」
「酒は飲んでも飲まれるなって、きょういくした方がいいぞ。クリスはちゃんとジョージをしつけてる」
「はは、頼もしいな」

 男の浪漫とは島の地酒だ。美味であるらしいが、もちろんクリスは飲んだことがない。


「トオルっち、そのおさななじみ名前は?」
「矢吹アキだ」
「おっけーアキな。いってくる」

 新垣ふうふは診療所の隣に住んでいて、本来そこはジョージに用意された家だった。トオルっちはジョージが医学の色々で東京に戻ったとき、スカウトして島に連れて帰ってきた。恋人のふみちゃん先生も一緒に。
 ジョージは駆け落ちに協力したとクリスに話した。そんな面白いことになると分かっていたら、クリスも絶対ついていったのに。

 島の外で男同士は結婚できない。女同士も。これが常識って、息苦しい世の中だ。新垣ふうふが逃げるのも仕方ない。


 


 左はずっと海だけど、右を見上げたら山だ。10月と11月はレモン狩りの季節だから黄色い。レモンは潮風に強いそうだ。
 ひらめいたのだが、レモンの蜂蜜金平糖づけってうまそうじゃないか? 金平糖はくだいて入れよう、そうしよう。きっとカラフルで可愛い仕上がりになる。ジョージはレモンが結構好きなのだ。エビフライに絶対かけるし。



 浜辺にはアキがいた。見たことがない人だから、間違いない。島のみんなとは顔見知りだ。クリスは唯の小学生ではなく、診療所でジョージの助手をしている。トオルっちがくるまで、学校に行かず受付などを全部していた。


「ぼんじゅ〜るアキ!」

 もう二日酔いの悪魔は去ったのか、アキは砂に指でラクガキをしている。こんなに不細工なドラちゃんを描ける人がいるんだと、逆に感心してしまった。


「ぼっぼんじゅーる」
「やぁクリスだよヨロシク。トオルっちの先パイで、ふみちゃん先生の生徒。小学4年生でジョージのおくさんさ」
「日本語だ……」
「へへ、見た目こんなだけど、産まれも育ちも日本だもん」

 クリスは金髪碧眼で、西洋の血100%で出来ている。フランス(父)とイギリス(母)のミックスだ。

 アキは不健康そうな青白い顔だけど、エロエロボイスにぴったりな、色気のある男前だった。でもジョージの方がかっこいい。


―――奥さんって、ええ?」
「アキ離島ルールしらないの?」
「トオルから聞いてるけど、クリスちゃんは小学生だろ? それも有りとか、絶対おかしい」
「ちゃんって、クリスはボーイなんだけどぉ」
「へっ、マジで!?」
「マジマジ」
「……うっそ、ごめん可愛いから。ランドセルも赤色だし」
「赤? そっか、すっかりわすれてた」

 学校でからかわれる事もないので、赤色のランドセルが女子生徒向けだと、記憶から抹消されていた。


「夏休みにアリスとパパママが遊びにきててさ、アリスにこーかんさせられたんだよ。ごすろり? とかいうファッションにはまったらしくて、黒いランドセルの方が服に合うんだって。アリスはクリスのふたごの妹で、目の色はエメラルドなんだ」
「クリスには家族がいるのに、ここで譲治先生と暮らしてるの?」
「あったりまえだろ」
「いやいやいやいや、普通ならクリスのご両親が許さないし、譲治先生はショタコン罪だから」
「ショコタンざい? とかわけわかんないけど、ジョージがなんとかするって言ったの、クリスはしんじただけ」

 愛の国出身のクリスパパに、ジョージのラブパワーが伝わったのだと思う。たぶん。


「……めちゃくちゃだ」
「ぼそぼそ言ってどうした?」

 アキは被っているおしゃれハットごと、頭をかかえてしまった。


「おーいアキ?」

 拾った小さな貝殻を、こっそりハットの上に乗せてあげていたのに、アキはがばっと首を痛めそうなくらい、勢いよく顔を上げてしまう。バラバラと貝殻が落ちる。


「何でもないよ。そうだ、よければ俺に島を案内してくれないかな?」
「あっごめんな。今日これからオペだから、もう戻らないと」
「オペ?」
「うん、かんたんなやつって。クリスはきかいだしするんだ、メスってジョージが言ったら渡す係り」
「はぁ!? トオルは?」
「トオルっちはそとまわり。出血りょうとかちぇっくすんの、むずかしいやつ」
「そんなドラマじゃあるまいし……。なんでクリスが?」
「人たりないし、ジョージがクリスならできるって。―――じゃあ、また後でな!」

 砂に足をとられないよう、クリスはバランスをとって走る。

 ジョージは砂浜限定でよくこけそうになるから、手をつないであげないといけない。でもクリスの力では支えきれないので、一緒に仲良く転がって砂まみれになる。
 じゃあつながなきゃいいのにって、ふみちゃん先生にあきれられたけど、クリスはそんなこと平気で言うふみちゃん先生に二倍あきれ返した。
 新垣ふうふはやっぱりまだまだ新婚さんである。

 ごめんねと情けなく微笑むジョージは、大人で男前なくせに可愛いのだ。





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