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知らないから

 「この雪…車大丈夫か?」

 道路脇を壁のように積もっている雪を、車内の窓から眺めているが、その内容とは裏腹に、口調には全く感情がこもっていない。
 和也は無表情でどんより曇った空を見上げる彼を横目で確認しただけで、返事をしなかった。なにせ、未成年だ。免許を持っていない。大丈夫だよ、カイジさん。と声をかけた所でまたちくりと嫌味のひとつでも言われるだけだろう。

 そう、わかってはいるのに。

「クク…そんなに心配ならカイジさんが運転するかい?」

 彼と居ると、自分が抑えられない。小さい頃から社会性の身に付いている和也は、社交能力も同年代の者に比べれば相当高い。一息ついてから言葉を発する力が備わっている。はずだが。

「俺は運転できない…っ」

 チッ、ボンボンが…、と舌打ちしながら不愉快そうな顔をすると、もう不貞腐れたのか、こちらを見向きもせずリクライニングして目を瞑ってしまった。
 どうせ、本気で怒っているわけではない。目的地に着けば、またあの子供のようにはしゃぐ姿が見られるだろう。和也はそのことを考えると、つい笑いがこみ上げて来る。人のことをいつも子供扱いするくせに、自分だって…、と思いを巡らせているうちにすうすうと寝息が聞こえてきた。しかし、残念ながらすでに車は停止。目的地に到着した和也は、エンジンを切り、しばしその寝顔を見つめている。

「ん…っ あ…?」

 目を擦りながら、何とか目を覚ましたのはエンジンが止まったからか、不穏な視線を鋭い第六感が感じたのか。唇の端には涎の跡が光っている。

「カイジさん、ここ」

 後部座席から荷物を引きずり出しながら、和也は自分の唇を指差して、合図した。
 ん…あ? と手の甲で口をだらしなく拭うと、涎に気づいたカイジは、にやにやする和也をボコっと一発殴ると、ばつが悪そうに、

「荷物頼んだぞ」

 ひとこと吐き捨てると、手ぶらで車を出た。

「うわ…っ さみー」

 カイジはダウンの前を合わせると、荷物で両手いっぱいの和也を指差して、からかうように笑うとさっさと走ってホテルの玄関に向かってしまった。
 全く子供のようだ、と年下の和也は半ば呆れながら、半ば憎らしく、そして半ば不思議な生温い気持ちで彼を追うと、そこでは早速ひと悶着起きていた。

「なんだよっ…? てめえらっ…」

 ホテルマンがカイジを羽交い締めにしている。悪いことをしていないのなら、堂々と大人しくしていれば
いいのに…と和也はため息を吐くが、それを見たカイジは激昂していた。

「何だよっ…はやく助けろ…っ!」

 じたじたするカイジは放っておき、フロントで困惑している者に話を聞いた。

「坊ちゃん…! いえ、かくかくしかじかで…」
 フロントマンは、和也の顔を見るやいなや、慌てふためき背筋を伸ばし、丁寧にことの発端を話し始めた。
何でも名前欄に「兵藤和也」と書いたらしい。もちろん、帝愛グループ直営のこのホテルで和也の名と顔が一致しない不届きものはいない。不審に思い、問いただすとこのように…とのことだった。
 いつまでたっても挙動不審癖の治らないカイジに呆れながらも、じたじたする様子が面白いので、そのまま壁にもたれ傍観していた。しかし、やはり有能なホテルマンだ。早速和也の存在を見つけると、駆け寄ってくる。

(ちっ…余計なおせっかいを…!)

 和也はもう少し問いただされて慌てるカイジが見ていたかった。中途半端にプライドの高いカイジが、目線だけで自分に助けを求める姿が、哀れで可愛くて仕方がなかった。それをホテルの奴らと来たら…!

「和也様…っ! この薄汚い男がっ…」

「あ?カイジさんが何? 俺の恋人なんだけど?」

 目の前でカイジを指差し、必死で訴えてくるホテルマンに冷たい視線を刺す和也。その腕はカイジの腰に深く回されている。

「な…っ!」

 その言葉と抱き寄せられた腰に焦ったカイジは顔を赤くして逃げようとしたが、栄養のあるものを食べて育った人間に敵うはずもない。

「な、カイジさん…」

 和也はカイジの耳元でそう囁くと、ホテルマンを冷たくひと睨みし、側にあったラウンジの灰皿を蹴飛ばした。そして、そのままカイジを引きずるようにして振り返りもせず、フロントを後にした。



 「もう…っ!離せって!」

 無闇に天井の高いエレベーターホールで、和也は突き飛ばされた。

「ククク…恥ずかしがりやだな」

 わざとらしくよろけて、壁に手をつく和也をカイジは空々しく、眉を潜めて見ている。
「しかし…お前って有名人なんだな…」

 エレベーターという狭い密室に二人きりで、カイジは和也から身を離して警戒しながら話かけている。

「…ああ、いい加減嫌になるさ…」

 和也はため息をついて下を向く。磨き抜かれた床に、和也の憂鬱そうな顔が映し出された。

「…俺はお前のこと、知らなかったぜ?」

 床に映る自分の顔が、履き崩れてぼろぼろのスニーカーに踏まれ、和也は顔を上げると、カイジと目が合った。ふと、驚き丸い目をする和也の視線にカイジは耐えられず、ついと目線を外す。

「…ああ、逆だ、カイジさん…カイジは俺を知らず、俺はカイジさんのこと、何でも知ってた…!」

 逆だ…っ!、和也はそう叫ぶといきなり目の前のカイジを抱きしめた。自分を取り囲む全てとは違う、その希有な存在に感動し、抱きしめずには居られなかった。彼は違う。他の誰とも違うのだ。

 胸元にすり寄って来る和也を、最初は拒んだカイジも、その大きな子供っぷりに観念したのか、そっとその金髪に指を通した。さらさらと輝き、敏感な指のつなぎ目をくすぐる。

「…カイジさん…」

 撫でられるその感触に、お人好しのカイジを笑わずにいられない。抑えようにも、腹の底から笑いがこみ上げて来る。このお人好し…っ!

「クククっ…カイジさん、お風呂一緒に入るかい…?」

 チン…と音がして、エレベーターがホテルの最上階に到着し、扉が緩慢に開く。それを見計らい、和也はそのままカイジをエレベーターから押し出し、廊下の壁に彼を押し付けた。

「…い、嫌だ…っ!」

 カイジは振りほどこうとするが、その細身の身体では、年下にすら敵わない。J

「バラ持ってこさせよう…それで、花びら浮かべようか」

 壁にカイジを押し付ける力が強くなる。恥ずかしい言葉にカイジは力が抜け、されるがままだったが、せめてもの反抗に、おえー、と吐く振りをして、眉間に皺を寄せてみた。和也はその表情が、あまりにも…

不愉快で
憎らしくて
可愛くて可愛くて仕方なくて…

「…んッ…!」

 その生意気な口を塞ぐために、深く舌を滑り込ませてやったのだった。

(終わり)



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あきゅろす。
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