[携帯モード] [URL送信]
倫理のお時間
 


「…大丈夫、痛いことしないから」
 明るい電灯の光の下でわかりやすく顔色を失っている彼にそう言った日のことを思い出す。目泳いじゃってて、可愛かったなあ、あれ。
「気持ちいい事しかしてやらないから、安心して」
 青くなって、白くなって、赤くなった。状況を把握しきれてなくて、おろおろとすがるように俺の服の裾を掴むからたまらなくなってキスした。
「な…なにが、始まるんです、か」
 上擦った声がそう訊くので
「イイコト」
 俺はそう答えた。





「で?」
「で? それ以降やれてないからキミとこうしてるわけだけど?」
「えっ、それっきり? でも会うわけでしょ?」
「会うよー、会いますよー。でもそれっきり」
 生殺しだなあ、と。――彼にどこか、少しだけ似ているその青年はタオルで頭を拭きながらぼやいた。
「……俺とは? また会える?」
 ふ、と俺は笑った。これが彼だったらいいのに、なんて僅かでも考えた自分が可笑しくて。
「覚えてたらな」
 だよねー、と青年は笑い、てきぱきと身支度を整えた。ホテルを出ると、良く晴れた午前中の爽やかな空。
 俺と青年は、右と左に別れて歩き出す。太陽が妙に眠気を誘う。家に帰って寝よう――
 ぼんやり歩きながら、ポケットの中からの着信音に、相手を見ずに電話に出た。
 声に、ぎくりと立ち止まる。
『おはようございます。今日お休みですよね、起きてました?』
 やわらかい声。彼だ。
「……おはよう。…うん、起きてたよ」
『良かったぁ、あの、今って外ですか?』
 背中を、肩を、いやな感触が撫でていくような気がする。後ろ暗い、嫌悪感―― 何に?
『お昼、一緒にどうですか?』
「いいよ。どこで?」
 平然と会話をしながら、俺は暗く重い何かが体の内側から噴き出してこようとしているのを感じる。
 お前に良く似たやつと寝てきたよ。お前に良く似たやつを、お前のかわりにして。
 待ち合わせ場所を決めて、じゃあ後で、と電話を切った。
 むしょうに腹が立つ。
 自分にも、彼にも。








20130130







[*][#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!