耽溺する深海魚、その水泡。
「っ、ちょっ、」
シャツの裾から入り込んで肌に触れた大きな手が、指先だけでなく全体的に冷たくて思わず声を上げる。
尋常じゃない冷え方をしている手を慌てて引き抜き、自分の方へ引き寄せて
「ご、ごめんなさい」
彼は、どちらが襲われているのかわからなくなるような情けない声を出した。
それから薄い色の目を潤ませてうつむき
「…やっぱり、その、やめます」
弱々しい声で言う。
俺の年下の――恋人は、いわゆるヘタレだ。自分に自信を持ちきれないところがあって、あまり好かれていないと思っている。
そんな事はないのに、何度言っても変なところがかたくなで、頭で理解しても気持ちが持ち直さないらしい。 告白してきた時のあのテンションは何だったんだよ、とふと思い出して可笑しくなる。つい顔に出してしまって、泣き出しそうだった恋人の目がいよいよ本格的涙ぐんだ。
「なん、ですか、何で笑うの」
弱り切ってなじる声に、胸の裏側が歓喜に似たざわめきでぎゅっと満たされるのを感じる。俺は彼がそういう声と目をするのが、訳もなく好きだった。
いじめっ子め、と内心で自分に呟き、手を伸ばして紅潮した頬を撫でるとひどく複雑な顔をする。
涙が零れそうになっている目尻。甘やかされたいのはこんな場面じゃないんです、と言いたげな唇。
「…やめるって、これはどうするんですか」
俺はわざとらしい口調で、膝を持ち上げて相手の股の付け根あたりにすり寄せる。
息を呑んだ彼は、少し荒くなった息を食いしばった唇から零した。それから
「………っ、ずるい…」
呻くように言い、さっきより少し熱を帯びた手を服の裾から滑り込ませ、肉の薄い脇腹を撫でて切羽詰まった口づけを額に、頬に、唇に何度も落とす。
――あーあ、ずるい大人に引っかかっちゃって。
小さく笑いながら、俺は指先でその背骨を撫でた。
彼が自分の名を繰り返し呼ぶのを聞き、独占欲と優越感が同時に満たされるのを感じる。
背中に回していた手で、恋人の頬を挟み込み、俺は自分から唇を重ねた。
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