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耽溺する深海魚、その水泡。※
 

Restrictid-18
良い子は見ちゃだめ。

※どこかから続いてるわけではないです。











「今日は気分がいいから、中で出していいよ」
 薄く笑みながら指先で僕の顎の下をくすぐり、彼が言う。僕は言葉を失って、あう、と口をぱくぱくさせてしまった。彼のこういう直截なところには何度遭遇しても慣れない。
 深い色をした目がちょっとだけとろけて、色っぽい。ぞわ、と脇腹を鳥肌が駆け上った。
「…あの、」
「ん?」
「いつもは僕が可愛がられちゃってますけど、今日は僕が可愛がります」
 顎の下をこそこそとくすぐっていた指がぴたりと止まる。目を見開いて、それから細める。
「へえ。…可愛がってくれるの?」
 出来るのそんなこと、と言いたげな笑みだった。僕は少しムキになって、彼の額のあたりにちゅっとキスをする。
 反射的に目を閉じた彼が、ゆるゆると目蓋を開くのを待って、こつりと額を合わせた。
「全力で、かわいがります」
 覚悟して下さい、と告げると彼はふわりと笑う。ゆっくりとまばたきをして
「…ん。そう、好きにしていいよ、全部……」
 ほんの少し遠い目をした。
 僕は彼の頬と耳元を包むように両手で触れる。キスを待つ時の仕草で彼が目を閉じた。
 唇を重ねようとする寸前、僕は
「好き、です、よ」
 思わずそう囁く。
 本心だった。
 なし崩しに始まってしまった身体の関係や、追い付かない気持ちや、考え方の違い――それらがいつの間にかきちんと足並みを揃えて、僕の口から零れ落ちた。そんな感じだった。
 ちゅ、と本当に軽く触れるだけのキス。そろ、と顔を離すと完璧に目を見開いて固まっている彼がそこにいた。
「え、えっ、あの…どう…しました?」
 呆然、といったところだろうか。彼はしばらく魂が抜けたように呆けていたが、ふと我に返ったのか、僕の手に自分の手を重ねてまるで花がほころぶように笑った。
「…うれしい」
 その声と表情に僕はどきっとする。
 少し震えて、泣き出しそうな、まるきり聞いたことのない声だった。ハの字に下がった眉の下で細められた目に薄く涙が浮かんでいる。
 どうして、と緊張しかけた瞬間に、一つの解に辿り着く。
「あの…、もしかして、僕、初めて言いましたか」
 好き、と。
 彼はほとんど最初から僕を好きだと言っていたのに。
「うん。はじめて言われた。……うれしい…」
 涙が浮かんでいるのが恥ずかしいのか、彼は僕の手から少し逃れようとして俯く。その頬がかあっと赤くなっていた。
 ああ。
 心臓の裏側から、愛しさがぎゅっと溢れ出して――すごい。
「好きです。…本当です。好き…」
 俯く彼の額に、頬に、僕は次々とキスを落とす。は…と切なげに息を吐いた彼の唇にも。
「あ……」
 彼の手が僕の胸元にすがりつく。頭がくらくらする。そっと抱きしめると、肩から背中に腕が回って彼がぎゅうっと抱きしめ返してきた。目の前の首筋からいつもの彼の香りが淡く立ち上って、言いようのない、たまらない気持ちになる。
 僕の腕の中で彼がぶるっと震えた。熱い頬を擦り寄せて、僕は掠れた声で
「かわいがらせて、くださいね」
 彼の耳に囁きを吹き込む。そのまま耳の後ろにキスすると、ん、と彼は短く答えて溶けてしまったように僕の肩にもたれかかった。






 普段の倍は感じやすくなっている身体を、彼は持て余しているようだった。あまりにも苦しそうに息をするから思わず手を止めると、そのまま止めてしまうと思ったのかまるで駄々っ子みたいに「だめだ、やめないで」と、とろとろの甘い声で強請る。
「でも、」
「な、にそれ、そういうプレイ…」
「や、違います、違いますけど」
 ゼリーローションがぐずぐずに溶けたそこを指で探りながらする会話かなあ、と僕はのぼせた頭で思う。彼の手がベッドサイドを探るように動いて、あれ、という顔になる。
「…何か探してます?」
「ゴム…」
「……え、今日、中で」
 出していいよ、って言ってたのは。
 彼は、しまった、という微妙な顔をした。涙で潤んだ目が、珍しく動揺で揺れる。
 ああ綺麗だなあ、と思いながら目蓋へキスする。同時に彼の中から指を引き抜いて、細い足を抱え直すと慌てたように、ちょ、ちょっと待った、とふわふわした口調で言う。
「うえ、おあずけですか、まさか」
 いろいろ限界なんですけど、と訴えると彼は思い切り目をそらして
「いや、違…あの、着けて、ゴム」
「……理由を」
 僕が、そのままの状態で彼の中へほんの少し先っぽを埋め込むと、彼はぶるりと震えた。
 こっちを見ている目が理性と欲の間でじわりと滲み、唇を震わせて
「だって、なんか、…このまま中で、出されたら、……」
「…出されたら…?」
 言う間にもじわじわと彼の内側へ自分を入り込ませてゆく。ん、と短く喘いで、目をそらしたまま続きを口にする。
「で、」
「で?」
「デキちゃいそうな、気がする」
 喉に引っかかったような、掠れた甘い声。その時の僕の混乱具合といったらなかった。本当に。なかった。
 ――なんとなく知ってたけど、この人! 僕を可愛い可愛い言うけどこの人! 自分だって大概可愛いのを自覚してないんだろうか?
 脳で受けた衝撃が首筋を降りて肩を撫で下ろし、背骨を伝って、じん、と腰に響いた。
 ぐ、と熱の中に腰を進めると
「待っ、て、待てって、言ったよな、今? だめだって、なんか」
「聞きました」
「う、や、んん」
「あの、ごめんなさい、止められないです」
「や、だ、めだっ…て…」
 いやいや、と言う割に彼は微かに震える腰を逃がすわけでもなく、ゆる、と中へ入っていく僕を力ずくで押しのけようともしない。ざわ、と背骨に得も言われぬ感覚が走る。
「ほんと、できちゃったら、どうすん、の」
「…っ、もう、わ、わざと言ってます?」
 有り得ないってわかってて、この人は。
 それでも、炙られたチーズみたいな目をした彼がひどく切ない息を切れ切れに吐くので、無体な真似もできない。
 汗ばんだ額に誤魔化すキスを、ちゅう、と落として
「…できちゃったら責任とります」
 答えると、彼が、くっと吹き出した。
「ちょっと……笑うって…」
「ま、真面目だね、お前」
 くっくっと笑い続けているのが、からかわれたようでムッとした僕は、熱くぬめる内側へ擦り付けるように腰を動かす。彼がびくっと跳ねて、息を詰めた。
「…や、ほんとに、」
「も、黙って」
 食べるみたいに唇を塞いで、奥へ突き上げる。喘ぐ声が舌に伝わって、胸を震わせる。
 動物。ほんと、動物だと思う。
 ほっそりとした――女の人とは違った細さと薄さのある腰を苛みながら、香水のラストノートが漂う耳の下に軽く噛み付く。
 言葉を無くしたように、溺れているように、無言のまま睦みあう。
 枕やシーツを掴んでいた手が僕の肩に回されて必死にしがみつき、彼はぎゅっと目をつぶった。
「あ、もう、や、」
 何度目になるかわからない「だめ」を口にした彼が、すっかり涙が滲んだ目で僕を見る。
 その「だめ」は完璧に「いい」の「だめ」ですよって教えてあげないと――本人わかってる気がするけど。
 ベッドが軋んでる。
 ぱた、と力なく枕の上、顔の横に彼の左手が落ちる。僕は右手を伸ばして、その左手に指を絡ませた。
 ぎゅ、と彼が握り返す。
 僕は彼の頬や唇や鼻のてっぺんにキスを繰り返しながら、好きです、と囁く。
 一瞬泣きそうな顔をした彼が、全身をびくびく震わせて甘い呻き声を上げ、僕はその声を聞きながら息を詰めて達した。












「…うあー……」
 僕が火をつけた煙草を横からかすめてひと喫いした彼が、目を閉じて呻いた。
「……怒ってます?」
 恐る恐る訊いた僕をちらりと見て
「怒られるような事したの?」
 彼は言う。
「し、てないと思います、けど」
「うん、そうだね。してないよ」
 怠そうに煙草をふかして、
「…クセになりそうだなー」
 あーあ、とぼやくその意図するところがわからなくて僕が首を傾げると、ふふ、といつものように笑った彼が煙草をこちらに返して、合いた手でそのまま僕の頬を撫でる。
 煙草を灰皿に押し付けて、僕は彼のすぐ横の枕の上にぽすんと頭を置いた。
 彼が深い色の瞳で僕をじっと見るので
「……好きです」
 僕はそう言って、微笑んだ彼の唇にキスした。










20121215








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