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始発電車
 

「やっぱり」
 目をしょぼしょぼさせながら彼が言って、女の子みたいに両手を口に当てて欠伸をした。
「ネカフェでちょっと寝たくらいじゃ、らめれふね……」
 続きを口にする間にも欠伸をして、動くのを待っている電車の横長の座席に、俺と彼以外には誰もいないのを良いことにぱたりと倒れる。
「…寝るなよ」
「ううー…はーい…」
 くぐもった声。俺だって眠い。もう朝まで飲み明かしてハイになれる年でもないのだ。
 始発車両が動くまであと数分。オフィス街から離れる列車には、誰も乗ってこない。
 すう…と寝息のような穏やかな呼吸が聞こえて、慌ててその身体を揺する。
「こら」
「…うあ、はい、…すみません……」
 腕を引っ張って、横になっていた身体を起こす。今度は逆に俺に寄りかかってきた。
「…俺の方が先に降りるんだから、寝過ごすなよ」
「…さきに……」
 完璧にうとうとしている口調と目つきで彼は呟き、突然、するりと手を絡めてきた。
 外でも家でも、彼からの接触は珍しい。自身が「接触」をあまり好んでいないせいもあるだろう。
 それが。
 どうした。
「……さきに、おりちゃうんですか…」
 いつも冷え気味の手だが、眠気のせいかぽかぽかと温かい。その手がゆっくりと俺の手に絡みつき、指が組まれる。
「…降りるよ。先に」
「……じゃあ、僕も降ります」
「え」
「…………一緒にいたいです」
 言ってから、かあ…と頬が赤くなった。ちら、と色の薄い目がこっちを見る。
 その目が、さっ、と車両とホームを見て、
「……キスしていいですか」
 何が起こってるのかわからなくて一瞬で眠気が飛んでしまった俺に、彼は囁いた。
 いいよ、と、かろうじて答えた瞬間、発車の音が鳴って、俺達は揃ってびくりと肩を跳ね上げる。
 ドアが閉まり、動き出した電車の中。ビルの隙間から朝日が車内に柔らかく差し込む。
 光を受けて淡い色に輝く瞳を閉じて、彼はそっと俺にキスをした。






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あきゅろす。
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