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あなたが守らなくてもいい世界の話。
 

 深い青色のスパンコールが鱗のように黒いサテンの縁を彩っているのが、重たい瞼を開けてまずはじめに飛び込んできた景色だった。
 乾いてひんやりした女の指先が額の髪をそっとどける。指先は心地良く冷たいのに、近い距離にあるその肌からは具合が悪くなるような温かさと、むせるような甘い果物の匂いがしていた。
「……おはよう、ボーイ」
 頭上から降ってきた、微笑みながら囁く声に
「ボーイじゃない…」
 自分でも驚くほどかすれた細い声で答える。ふふん、と黒サテンの女は笑った。
「おねぼうさんはここじゃみんなボーイよ」
 言って、冷たい指先がひょいと鼻を捻っていった。
 長すぎる眠りから目覚めた時の疲労感が動きを怠惰にさせる。両手で顔を擦り、俺は意味もなく呻いた。
 ほぼ同時に、どかどかと重い足音がして部屋のドアが開く。
「起きたのか。アンジュ、コーヒーくれ」
「ポットにあるわ」
 天井がそれほど高くない、女が一人で暮らすには程良い狭さの部屋だったが、男が一人現れると一気に手狭な様相となった。
 キッチンらしい場所からがしゃがしゃと音がする。
「騒がしいわねぇ、あんただったら、ほんとに」
「忙しいんだ、人手が足りなくてよ。すぐ戻ンなきゃならねえ。ニイちゃん動けるんだったら手伝ってくれ」
 入ってきた男の顔は見られなかったが、死角になっているキッチンから届く大きな声からしてまだ若いように思えた。
「…何の仕事だ?」
 今度は比較的まともな声が出た。
「スチームシップの修理。やったことあるか?」
 コーヒーを飲み終えたらしい男が、俺と、俺の足元あたりに寝そべった女がいるベッドの脇に立つ。東国風でも西国風でもない、あまり見かけない顔立ちだったが、いやに整った顔だった。
 機械油でまだらに染まってはいたが。
「エンジンの掃除くらいなら」
「それだけ出来りゃ上々だ。支度ができたら来てくれよ。場所はアンジュに聞いてくれ」
 歯切れのよい早口で男は言って、来たときと同じようにどかどかと足音をさせて部屋を出て行った。
「……船乗りなの?」
 黒サテンの女――アンジュは横たわったまま頬杖をついてそう訊ねる。
「ああ… 昔な」










キャラ名メモ


アンジュ:(安寿、Ange)
通常「アンジェラ(angela)」というように天使の「la」が付くはずの名前だが「la」が無く、天使のなり損ない=空を飛べないという事。
また、「山椒大夫」の姉弟、安寿から。

シュレイン:(厨子、Shrine)
「山椒大夫」の姉弟、厨子王から。
厨子は仏教用語。聖典や仏像などをしまっておく箱。





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あきゅろす。
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