LAST SCENE
折りからの風雨に、窓ガラスが揺れた。その音にさえびくりと窓の方を振り返る。
「……五階だろ、ここ」
その姿を見て苦笑する男は、青いバスタオルに染み込んで広がり続ける血を、どことなく他人のもののような目で眺めた。
「っあ、ああ、うん、そうだけど、…そうだけど、こ、怖くて」
二人掛けのソファも、フローリングの床も、ラグも、彼の手も。
なにもかもが血で汚れていた。
「……悪いな、…こんな」
怖い目に合わせちまって、と男は言う。
美しい音楽を紡ぐ事しか知らない指が、男の血で染まっているのはいたたまれなかった。
「それは、いいんだ、でも……」
白い顔に不安を浮かべて、それ以上は言葉にならない。
男は、いくつか穴が空いた腹に当てていたバスタオルの上から、自分の手を更に強く押し当て、ゆっくりと立ち上がった。
「い、」
いやだ、と。
行くな、と。
そう言おうとしたのかもしれなかったが、男はぶり返した痛みにある程度ははっきりした頭で口を開いた。
「落ち着いたら、また来る」
まるで絶望を見るような目で、彼は立ち上がった男を見る。
その見開かれた目に、せめていつものように笑ってみせて
「……ほんとうに?」
かすれた声に答えた。
「ああ、約束する」
●怖がりな音楽家と危ない職業の人との優しい嘘の物語書いてー。
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