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子飼い屋
 

 男は真っ青な顔で、自動ドアがゆっくり開くのももどかしい様子でその隙間に体をねじ込み、
「水都梨を返してくれ」
 そう叫んだ。
 カウンターでパソコンに向かっていたベスト姿の青年が立ち上がる。ぜっ、と息を吸い込んだ拍子にむせた男が何度か激しく咳き込み、
「水都梨を、返してくれ」
 薄く涙を浮かべた目を青年に向けてもう一度、言った。
 青年は――すっきりした水色の半袖のワイシャツに、体にぴったり合ったピンストライプのベストとパンツの、どこにでもいそうな会社員姿の青年は、パソコンの画面を見ながら
「カナエ様ですか?」
 ごく冷静な声で言うと微笑んでみせる。
「ああそうだ、カナエ――」
「カナエミドリ様のご契約は、二年後までとなっておりまして」
 カウンターのどこかから書類を取り出した青年はまだ微笑したまま続ける。
「奥様からは特Sコースで承っておりますので、解約金が二百万ほどになりますが。あ、お返しするまで数日かかりますので、その期間分は日割りで別途…」
「に、二百」
「月々の分割で承っていますので…二年間でしたらこのままご契約なさった方がよろしいですよ」
「い、違法だろう、そんな金!解約金だって? しかもこんな商売――出るとこ出ても良いんだぞ!」
「…カナエ様、」
「全く他人の赤ん坊を、金を貰って預かって、それでなにかあったらどう責任とるんだ! 俺は政治家の知り合いもいるんだ! こんな店のひとつやふたつ、」
「出るとこ出る、というのは私どもと裁判で争われる、という事でしょうか、カナエ様」
「ああそうだ!こんな店簡単に潰してやる!」
 青かった顔が紅潮し、唾を飛ばしてわめく男を――カナエミドリの父親を、青年は相変わらずの微笑みで見つめたあと、静かに口を開いた。
「カナエ様は、この地方の方ではいらっしゃいませんね?」
 不意を突かれた様で、男は開いていた口をぐっと結んだあと、低く、そうだ、と答える。
「では、子飼いの風習をご存知無いのですね」
「……コガイ…」
「簡単に言うと、相互扶助――地域の助け合いのシステムです。若い、育児に慣れていない、配偶者からの協力が得られない…いえ、まあそのような母親の代わりに地域の中で、育児に慣れた、教育者として人格に優れた人物が赤ん坊の面倒を長期的にみるシステムを」




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