塵芥
月並みではあるが、その後ろ姿に声を掛けようとする者は誰もいなかった。
長い黒髪を高く結い、結んだ赤いリボン。黒一色の制服。肌だけが色を失ったように白い。
「魚津を攻め落としました」
淡く灰色を刷いた黒い瞳に、地に刻まれた織田木瓜が映る。
「われらが上杉を滅ぼすのも時の問題となりましょう」
色褪せた頬にぎこちない笑みが浮かび、
「信長様」
割れた鐘のように歪んだ声が、主の名を呼んだ。
「信長様、信長様、信長様、」
その目に涙は無い。
不意に、佐々成政はがくりと膝をつくと、もうそこにはいない信長にすがるように地に爪を立て
「―― のぶさま」
ただ一言、枯れた声で呼んだ。
「成政は?」
秀吉が訊くと、勝家は難しい顔をして首を振った。
ふん、と鼻で笑った秀吉は
「いつまでもそれなら、少しは静かで良い」
目を細め、低く呟いた。
「秀吉」
「あの方は忠義を受け取りながら、自分以外の誰も信じてはいなかった」
秀吉の手には、桔梗の紋が刻まれたコインが既に握られている。
「忠義なぞ塵芥」
嫌悪に似た表情を浮かべる勝家を見上げ
「美しい塵芥よ」
秀吉は艶めいた唇で笑んだ。
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