豊臣秀吉
棒立ちになった秀吉は、目を閉じているような闇の中で途方に暮れていた。
闇は、四方に果てなく続いているようにも思えたし、すぐ鼻先に終わりがあるようにも思えた。
これはなんなのだろう、と秀吉はざわつく腕をさする。音も匂いも無い、暗闇に遮られた中で自分の感触だけが安堵させてくれた。
と、気配を感じて秀吉は振り返る。
そこには、信長の赤いリボンと顔と手が――それ以外は闇に紛れる黒だったために、白と赤だけがぼう、と浮き上がるようにあった。
「信長様」
秀吉はぱっと顔を輝かせ、信長の方へ駆け寄る。
「秀吉」
それは紛れもなく信長の声であった。
瞬間、秀吉は足を止める。
それは信長の声。
あの日、ノイズ混じりの小さな画面の中で、緋色に染まり血に倒れ伏していた、信長の。
「どうした、秀吉」
その場に凍り付いた秀吉の目の前で、薄い唇が笑み、感情の読めない目が僅かに細められた。
「こちらへ来ぬのか」
長い黒髪を結わえていたリボンがするりとほどけ、闇に舞う。白い手が闇の中、すうっ、と秀吉へ伸ばされ――
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