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零夏
 


 義久の『部屋』はいつも冬のように冷たかった。
 その日も、義弘はその部屋へ入ると両腕で自分を抱きすくめて肩を寄せた。寒い、と呻いて撫でさするむき出しの腕を、急いで変えた長袖の服が覆う。
 それなのに義久は、いつもの半袖のまま、なんでもない顔をしてどさりとソファに腰を下ろした。
 歳久と家久もここへ向かっている。──島津の命運を決める戦いが、これから始まるのだ。
「…義久」
 義弘が沈黙に耐えかねて呼ぶと、義久はちらりと金翠の、不思議な色をした目を義弘へ向けた。
 ソファに深く身を預けている義久の前に、義弘はごく自然にひざまずく。滑らかな褐色の華奢な膝へ両手を乗せる。
 紺色のスカートの裾が、そっと指先に触れていた。
 金に青が交じる義弘の瞳が義久を見上げる。その色は時折揺らいで、まるで義久と揃いのように翠色に変わるのだった。
 真っ直ぐな目で自分を見つめる義弘の、自分よりも更に日に焼けた頬を義久は撫でた。
 光の具合で焦茶にも見える長い黒髪は濃い青のリボンでゆるく束ねられ、その背中に流れている。
 頬を撫でられた義弘が、泣きそうな顔をして目を閉じ、口を開いた。
「──…また、沢山、死ぬの?」
 甘えるように、その頭が義久の膝にもたれかかる。頬を撫でていた手は、そのまま黒焦茶の髪を撫で続けた。
 そうだ、と静かな低い声が答える。
「…そうだ、義弘、お前自分でわかっているだろう、お前の力は」
「わかってるよ。…わかってる……」
 お前が力を振るうには、強い『犠牲』が必要なんだ──
 子供にするように頭を撫でる優しい手の持ち主が、そう、残酷な現実を説く。
 義弘は、冷たい部屋で冷えきったその肌に──小さな膝に、そうと気付かれないように口付けた。


 そしてわたしのそのちからは、 あなたのためにふるわれる。




20130329







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