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祈惑
 

 大友義鎮は細かく震えている両手で青褪めた顔を覆って俯き、ゆるく頭を振った。解いたままの長い黒髪がゆらゆらと揺れる。
 おぼつかない足取りで逃げるように後ろへ下がると、その背中にとん、と当たるものがあった。
「い…ッ」
 声にならない悲鳴を上げて大袈裟なほどにびくりと全身を跳ね上げさせる。震えているその肩に、左右両側からそれぞれ別の温度の手が静かに置かれた。片方は熱く感じるほど温かく、片方はうっすらと冷えている。
 二つの手はまるで毛を逆立てている猫を落ち着かせようとする仕草で、義鎮の竦んだ肩から背中をそっと撫でてゆく。
 顔を覆っていた手をぎこちなく下ろしながら、は…と義鎮はか細く息を吐いた。
 背中を撫でた手がまた肩へ戻り、交差するように首筋を撫で、薄い肩を包み込む。
「……われらにつみをおかすものを、われらがゆるすごとく、われらのつみをもゆるしたまえ」
 祈りのために指を組むと、ざらつく砂のような、データの欠片がぱらぱらと零れ、裾に白い線が入った黒い制服のスカートの上へ、それは星のように落ちた。
 義鎮の肩を抱く二つの手に、僅かに力がこもる。
 ぺたりと座り込んでいる義鎮の横に同じように膝をついた二人――戸次道雪と高橋紹運が、僅かに俯いて祈りを続ける義鎮の頭上で無言のまま視線を交わした。
 赤みがかった黒と、青みがかった黒の視線。良く似た相貌でありながら決定的に違うのは、紹運の二つの目にはまだ希望の光が星のように気高く光り、一方の道雪は敏い誇りの光を両目に宿しながら、獲物を探す鷹のように獰猛な色を浮かべているのだった。
「……くにとちからとさかえとは、かぎりなく…なんじの…」
 祈りはゆるゆると唇の奥に消える。
 道雪が、瞳と同じく赤みがかった長い黒髪をざらりと揺らして立ち上がる。
 紹運は義鎮の祈りの手を取り、
「お祈りは終わりましたか?」
 優しい声でそう言った。
 黒い床に描かれたのは、杏葉紋。
 幾人もが折り重なるようにして描かれたそれは、部屋の床のほぼ全てを覆っている。
 その紋の上に座り込み、虚ろな目で自分の手を見つめていた義鎮にしびれを切らしたように、道雪はその腕を掴んで引き立たせた。
「道雪」
 遠慮がちに宥めるように紹運が言い、道雪はそれが常な不機嫌な顔を一層険しくして
「しっかりしなさい。あなたが、たった今から、この大友のトップになったのだから」
 噛みつくような調子で、義鎮に言った。
 その険しい視線から目を逸らすこともできず、義鎮は無意識にスカートの布をぐっと掴む。ぱらぱらと、白銀に煌めきながら欠片がまた、零れた。












 

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