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番外-平家物語 那須与一
 

「与一!」
 響く鋭い声が呼ぶと、居並ぶ兵の中から一際背の高い弓兵が義経の前へ進み出た。
 白いシャツに黒のリボンタイを緩く結び、やや長めの薄焦茶の髪は一筋のほつれもなく後ろへ撫でつけられている。ベストの黒と灰色のチェックを、金色の徽章が飾っていた。
 短い黒髪を風になぶらせながら、義経は自分より頭一つは大きい那須与一の、落ち着いた物静かな顔を見上げた。
「あれを射抜け」
 良く見知った、人の悪い笑みを浮かべ指差す先には、波間にゆらゆらと揺れる舟。その舳先には扇を掲げる平家の女が立っている。
 何の躊躇いも無く弓をつがえようとして、ふと
「念の為訊きますが、扇を射抜けば良いのですね?」
 与一は義経にそう尋ねた。
 一瞬目を見開いて、義経は笑った。
「女でもかまわないが」
 薄い唇が楽しそうに歪んだが
「――扇を」
 与一は静かに答えた。
「つまらんな」
 変わらない笑みのまま、吐き捨てるように言った義経から少し離れて、与一はつがえた弓をぎりぎりと引き絞った。




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あきゅろす。
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