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織田信長
 


 ステータス確認のコマンドを立ち上げる必要も無い、男は見るからに雑兵だった。
 丈の短いジャケットの裾に素っ気なく細い一本のみのライン。星の記章一つ付いていない襟は、一度も首級を上げていない事を容易に知らせる。
 信長が押し倒されたまま、一方的な鍔迫り合いがぎりぎりと続く。不意に男の顔が驚愕に強張った。
「お前、お前が、信長か!」
 雑兵が驚くのも無理も無い。群雄割拠の戦場ステージで、誰よりも名を知られているのが信長だった。
 その姿は至る所で噂に上り、大男だ、いや小学生らしい、と、実態とはかけ離れた憶測がネットで飛び交っている。それを――新しい噂を見つけては楽しげに報告してくるのが秀吉だった。
 誰も真実を知らない。それは、『信長』と出会ったプレイヤーが生存していないからである。
「お……」
 男の顔が驚愕から喜色へと変わる。信長は顔色ひとつ変えずに薄く笑い
「如何にも。私が信長だ」
 低い声で涼しく答える。
 雑兵の手に力が籠もった。瞬間、不意にプレイヤーのログインを告げるアラームが鳴る。小柄な為にダウンロードに時間を要さない秀吉がさっと空間に現れ
「信様!」
 叫ぶと同時に、不似合いなほどごつい刀を抜いた。
 男が秀吉に気を取られた瞬間、信長は全身で起き上がり雑兵を跳ね飛ばす。そのまま、呻き声を漏らす喉を潰さんばかりの勢いで靴底で踏みつけ、毛筋ほどの躊躇いすらなくその額に、どっ、と切っ先を深々と埋め込み、引き抜いた。
 びくん、びくん、と何度か雑兵の体が跳ね、ややあって静寂が訪れる。
 軽い足音で駆け寄った秀吉が信長の傍らでにこにこと笑む。
「ひでこの出る幕、ありませんでしたね」
 栗色の髪はいつもより乱れ、ニーハイの片方はほとんどずり落ちている。かなり慌てて身支度をしてログインした事は明白だった。
「…いや、秀のおかげで助かった。さすがに上に乗られると中々跳ね返すのは難しい」
 きん…と静かに刀をおさめながら信長が言うと、秀吉はひどく嬉しそうに目を細め、頬を上気させて
「望外の喜びにございます!」
 明るく弾んだ声で叫んだ。





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あきゅろす。
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