novel
a red nail(クレシャ)
久しぶりに会った彼。
だが、その彼―――クレアの様子が、なんだか今日は変だった。
いつも会うたびに抱き締めたりキスをしたりしてくれるのに、今日はまだ1度も触れてこない。
手をシャーネからは見えない位置に隠すようにしている。
―ひょっとして、なにか怪我でもしたのだろうか。
不安になったシャーネは、クレアに尋ねてみた。
「いや、別になんでもないぞ。第一、俺は怪我なんかしないからな」
(…じゃあ、どうしたの?)
「シャーネが心配してくれるのは嬉しいんだが、本当に大丈夫だから安心してくれ」
クレアは爽やかに言ってのけたが、この無駄な爽やかさがかえって怪しい。
―絶対、嘘だ。
(…―私には、言えないことなのね…)
どうしようもなく悲しくなって、シャーネは俯いた。
「…やっぱり、シャーネは誤魔化せないな」
少し間を置いて、クレアは苦笑した。
「ごめんな、シャーネ。嘘をつきたかったわけじゃないんだ。―――俺さ、さっきまで仕事だったんだよ。洋服は着替えたからきれいなんだが、手を洗うのが足らなかったらしくて、爪の血が取れてなくてさ…そんな手で触られても、シャーネだって嫌だろ?」
ほら、というように俯いたままのシャーネに見えるように手を見せる。
ほんの少しだが、乾いた血がこびり付いていた。
不意に、シャーネの細い指がクレアの指先を捕らえた。
そして、そのまま自分のほうに引き寄せると、血の跡をぺろり、と舐めた。
呆気に取られているクレアを余所目に、ぺろぺろと猫のように舐め取っていく。
最後に指先をかぷりと軽く噛んで、クレアの指を解放した。
当のクレアは、すっかりきれいになった爪と、薄く歯形のついた指先、そしてシャーネをかわるがわる見て、驚きを隠せない。
ようやくゆっくりと顔を上げたシャーネは、そんなクレアの様子をみて、そっと呟く。
(…私の、ためだったのね)
―だから、
(今ので、許してあげる)
そういうと、シャーネは頬を染め、照れたように微笑んだ。
「ははっ、シャーネにはかなわないな」
クレアも楽しげに笑うと、本日初めてシャーネを抱き締めた。
「ありがとな、シャーネ」
シャーネはその言葉に、背中に腕を回すことで答える。
2つの影は、完全にひとつになり、しばらくは離れなかった。
end.
[*back][next#]
[戻る]
無料HPエムペ!