novel the time like honey(クレシャ) 『蜂の巣』という酒場の隅にぽつんと置かれたテーブル。 そこに、一組の男女が座っていた。 男は、燃えるように真っ赤な髪を持った好青年。 女は、対照的な漆黒の髪と輝く黄金の瞳を持った美女。 そんな目立つカップルは、特に何を話すでもなく、お互いをじっと見つめ合って、たまに男のほうだけが口を開く。 そして、ときどき2人して笑うのだ。 「―――なぁ、セーナさん、あいつら何やってるんですか?」 マルティージョファミリーの幹部、フィーロ・プレシェンツォは、まさにその現場に居合わせていた。 セーナと呼ばれた『蜂の巣』の女主人が問いに応じる。 「知らないよ。来たときからずっとそうだ。…知り合いなんだろう?気になるなら見ておいでよ」 促されるままに、フィーロは隅のテーブルへ歩み寄る。 「久しぶりだな、クレア」 クレアと呼ばれた赤髪の青年が振り返る。 「フィーロか。久しぶり。変わってないな。…あと、俺は『フェリックス・ウォーケン』だ」 ―なにわけの分からないこと言ってんだ すっぱりと無視して、フィーロは続ける。 「そちらの人は?」 「俺の婚約者だ」 「へえ。お前、ようやくだな。…なんて人なんだ?」 「婚約者」 「…は?」 「だーかーらー、こん…」 「それはわかったって!!俺は、この人の名前を訊いてるんだよ」 「名前ね…仕方がないな、教えてやってくれ」 クレアがそう振ると、女は困った表情を浮かべた。 その一瞬を逃さず、クレアは再び口を開く。 「残念だったな、フィーロ。彼女も名前を言いたくないそうだ」 「そ、そうなのか…」 ―なんかヘンだな 女は慌てて『違う違う』というように首を振っているが、これではますます分からない。 フィーロは首を傾げるが、 「ま、いっか」 深く突っ込まないことにした。 「じゃあな、仲良くやれよ」 「ああ」 軽く挨拶を交わしてフィーロを見送り、テーブルに向き直ると、目の前の彼女が上目遣いに軽くこちらを睨んでいた。 「シャーネ…怒ってんのか?」 (―――別に、名前くらい教えて良かったのに…) シャーネと呼ばれた女は声ならぬ声で呟く。 その様子に、クレアは小さく苦笑した。 「仕方がないだろ?これは、いわゆる独占欲ってやつだ」 (…?) 「愛する女の名を他の男が呼ぶなんて、俺は我慢がならないからな」 (…ッ) クレアの言葉に、シャーネは頬を染める。 「…やっぱり、お前の名を呼ぶのは俺だけでいい」 クレアはそんな彼女の頬に手を添え、唇についばむようなキスを落とした。 「シャーネ」 名前を囁かれた彼女はその黄金の瞳を細め、眩しげに微笑んだ。 昼下がりの闇酒場。 その店名物の蜂蜜よりも甘い時間が、のんびりと流れた。 end. [*back][next#] [戻る] |