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短編小説
3.朝の食卓は戦場です。
 どんなに忙しくとも、家族全員で食卓を囲もうと決めている牧原家は、朝からとても賑やかだ。

 男ばかり、しかも170cm以上のものが4人も集まれば、さほど狭くないダイニングも圧迫感を感じでしまう。

中でも、世間ではそれほど低くないはずの、でもこの中では1番背の低い零時がそれを大いに感じていた。

と、同時に悔しさも。

「レイちゃん、これ運んでくれる?」

でも、それも癒し系の父親の声を聞けばどうでもよくなってしまうから不思議だ。

 今朝の食事当番である三兄弟の父、譲(ゆずる)は、10年前に妻を亡くしてから、男で一つ、息子達を立派に育ててきた、彼らにとっては偉大な存在である。・・・はずだ。

「はーい。今日のご飯はフレンチトーストに、トマトのサラダでしょ。ユウちゃんとカズくんは半熟の目玉焼きに、レイちゃんとパパは黄身までしっかり焼いた目玉焼きね〜」

 赤色のギンガムチェックのエプロンに身を包んだ彼は、46歳とは思えぬ愛らしい笑顔で、息子達に笑いかける。

その姿は、到底父親には見えず、悲しいことに威厳もない。

背が低いわけでも、女顔なわけでもないのに、三兄弟達の兄にしか見えない彼は、牧原家の七不思議の1つだった。

「レイ兄、やっぱり半熟の目玉焼き食べらんねぇの?」

 この間目玉焼きだった日は、確か半熟のに挑戦していたはずだ。

和己はそのことを思い出し、尋ねたのだが、零時はその味を思い出したのか、眉を顰めて首を振った。

「分かんねぇなぁ。とろとろしたのが美味いのにさぁ。レイ兄溶き卵の半熟は好きじゃん?」

 口の端に黄身をつけながら、首をかしげる彼に、零時は苦笑しながら、真向かいに座る弟の口の端を拭ってやる。

その時、優市の眉がピクンと動いたことに誰一人として気付いたものはいなかった。

「だってなんかマズイし。それにお前みたいに口汚れるだろ・・・。あ、父さんはどうして?」

 零時と同じようにしっかり焼いた目玉焼きを箸で切り分けていた彼は、昔を懐かしむようにふっと目を細めた。

「パパはどっちも好きなんだけど、響(ひびき)さんが零すからやめなさいって・・・」

 響というのは、10年前に事故で亡くなった三兄弟の母親だ。

最後まで気丈な人で、事故に合った自分よりも、遺してしまう家族の心配をしていたような人だった。

 そんな彼女に出会ったのは譲が大学生1回生の頃で、5つ年上で大学の助手をしていた彼女に恋をした。

それは最初で最後の恋で、そのまま2回生の時に出来ちゃった婚を果たした彼は、亡くなってから10年経った今でも尚、一途に彼女を思い続けているのだ。

 亡くなった母を思い出し、しんみりしてしまった雰囲気の中、零時は拭い取った黄身が指から垂れそうになっていることに気付き、慌ててそれを舐め取る。

しかしその味に顔を顰めて、慌ててコーヒーカップに手を伸ばした。

「あ――――――――――っ!」

 しんみりした雰囲気を打ち破るように、優市の大声が轟き、他の3人の視線が一斉に彼に集まる。

この雰囲気が嫌で声を発したわけではないだろう、それほど空気の読める人間でないことを、家族である彼らはよく知っていた。

「何だよ、煩いな」

 長男の奇行は今に始まったものではなく、特に零時に纏わることでならいつだって奇人変人変態になれる彼だ。

 呆れたように和己が呟くと、視線で人が殺せれば!というくらいの顔で睨みつけられ、なんだか腹が立つ。

「んだよ、あ?」

「あーもう。朝っぱらからケンカすんなって・・・うおお!?」

 放って置けばケンカをおっ始めてしまいそうな2人に、零時は溜息を吐きながら間に割って入るが、突然優市に腕を掴まれ、抱き寄せられる。

自分がケンカを止めようとしたにもかかわらず、ほぼ反射的に拳を繰り出すが、それは軽々と受け止められて、両腕を拘束される羽目になってしまった。

 彼は事の経緯を見守っている父親に、助けを求めるような視線を向けるが、暴走した彼を止めれる人物は零時本人の他に誰1人としていないのだ。

 零時をきっかけに暴走して、その本人じゃないと止められないことは、この16年間の兄との付き合いでよく心得ていたが、今回は原因が分からない。

和己のことを睨みつけていたようだが、と彼を見遣るが、すっかり戦闘心を削がれた様子で、でも少しイライラした様子で牛乳を片手に、フレンチトーストを頬張っているだけだ。

 ああ、今度は牛乳ヒゲがついてるぞ、と両手を拘束されているという状況を忘れ、手を伸ばそうとすると、今度は抱き締められてしまった。

「・・・カズばっかり狡い」

 耳元にそう囁かれ、その声優張りの声に思わず聞きいってしまうが、意味を解することは出来ない。

「「は?」」

顔を上げれば、今にも泣きそうな顔をした兄がいて、聞こえていたらしい和己とキレイに声が被さる。

困惑気味に首を傾げる2人に、父親だけは1人知ったような顔で、のほほんとコーヒーなんぞを啜っていた。

「だって零時は和己のことばっかり見て、俺のことなんて全然見てないだろ!」

 ああ、始まったと弟2人は肩を落とす。

決まって優市が弟達に向けて自分のことを”俺”、彼らのことを”零時”、”和己”と言う時は我儘を言っているときなのだ。

全く、と呆れた風に兄を見遣ると、彼は「ん」と左頬を突き出して見せた。

キスでもしろってか?と、その頬を見れば、和己と同じように目玉焼きの黄身がついている。

優市の我儘の意味は分からないままだったが、とりあえずそれが気になって、お前もかと、手を伸ばしてそれを拭ってやる。

「イチ兄、26にもなってほっぺに物つけて食べるのやめろよな。・・・んで何?結局。カズが狡いって」

 指についた黄身を見て、さっき思わず舐めてしまった味を思い出して、その指を優市の口の前に持っていった。

「(まじぃけど、拭いたらもったいねぇし)イチ兄、舐めてよ」

 少し戻り始めていた優市の機嫌はそのセリフに急浮上したらしく、意気揚々とその指に舌を這わせ始める。

向かいで和己が「アチャー」という顔をしていたことには気付かなかったが、それでもなんだか卑猥に見えるこのシチュエーションに、零時は慌てて指を引っ込めようとするがもう遅い。

 指の股を舐められて、背中がぞわぞわするのは思い違いだと、反対側の拳を握り締め、うっとりとした顔でこちらを見つめている兄のそのキレイな顔に、めきっとそれを減り込ませてやった。

「ふぅ」

 どうやら何かのスイッチを押してしまったらしい。

この兄は何がきっかけで暴走するかが分からない。

『指を差し出すと噛まれます』

檻の中の動物並みだなと、結論付けたところで、やっとコーヒーを飲み終えたらしい猫舌の父親が口を開いた。

「レイちゃんは本当にユウちゃんが好きだねぇ」

 この天然親父は何を見ていたのか!!

勘違いも甚だしい発言に、零時は軽く眩暈を感じる。

「違ぇよ・・・」

もう、そう弱々しく答えるだけで精一杯だった。

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あきゅろす。
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