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短編小説
1.牧原家の朝-長男と次男-
「・・・チ兄」

「・・・んっ」

 体を揺すられる感覚で夢から醒めた。

何か懐かしい夢を見ていた気がするが、思い出せない。

しかし、気持ちは晴れ晴れとしているのだから、多分いい夢だったのだろう。

 思い出せないのが少し残念な気もするが、今は彼を起こそうとしている愛しい声の持ち主のことで頭がいっぱいだ。

まあ、今といわず四六時中彼のことでいっぱいなのだが。

「ほら、イチ兄。早く起きねぇと遅刻する・・・って!」

 もう一度、今度は少しいらいらとした声で名前を呼ばれる。

シャッという音がして、差し込んだ光に、カーテンが引かれたことが分かる。

「んんー」

 イチ兄と呼ばれた彼、牧原家の長男である優市(ゆういち)は、未だ寝ぼけたフリをして、寝返りを打った。

もう何年と、この朝の攻防(?)を繰り返している彼の弟、この物語の主人公である牧原零時(れいじ)は1つ溜め息をこぼして、毎度毎度同じセリフを、彼の耳元で囁いた。

「ユウちゃん、起きて。レイにおはようのチュウしてよ」

 しかし、あくまでもそれは棒読みで。

こんな鳥肌モノのセリフだ。感情を込めて言えるはずもない。

そんなセリフを自ら言っていた小学生の頃の自分が腹立たしい。

 この年になってまでどうして・・・と思うが、この長男はそう言ってやらないと、意地でも起きてこないからだ。

社会人・・・しかも公務員である高校教師のくせにと、思うのだが、そうであるからこそ遅刻してもらうわけにはいかない。

 彼は零時と、そのもう1つ下の弟、和己の通う高校に勤めているのだから尚更だ。

教師の兄貴が遅刻だ何て恥ずかしい。

 といっても、できの悪い兄ほど可愛いというかなんというか。

すっかり丸め込まれ優市の言いなりになっている零時は、大分彼に毒されていた。

「もう、レイは可愛いなぁ・・・。ほら、兄ちゃんこっちまで起きちゃったよ」

 と、明らかなふくらみを持った下半身を指差す彼は、少し長い髪のあちこちを跳ねさせながら、しかし寝起きとは到底思えないほどの爽やかな笑みを浮かべる。

それは見とれてしまうくらいキラキラ光って見えるのに、内容が内容なだけに、台無しだ。

 だが、零時の方も毎朝毎朝これを繰り返していれば、免疫も出来る。

そんな兄のセクハラ発言をさらりと無視して、ニッコリ微笑むと、それにすっかり見とれている彼の胸倉を掴み上げて、少し首を傾げてみせた。

「イチ兄・・・。早く着替えて下りてこないと、カズと2人で学校行っちまうぜ?」

「うん!分かった!!!!」

 26歳らしからぬ、可愛いお返事をした優市は、目の前にある唇に、ちゅっと唇を合わせるだけのキスをして、ベットから起き上がる。

しまった!と零時が思ったときにはもう遅く、パンツ一丁の兄がスーツを選んでいるところで、ほぼ反射的に繰り出した拳が空を切った。

 やはり、顔を近づけたのはまずかったか、と。

心の中のメモ帳にそっと記しておく。

 毎日手を変え品を変え、セクハラの反撃をしているのだが、それが成功した試しは1度もない。

何かいい方法はないものかと本気で考えるが、この零時バカの変態兄には何をしても逆効果だということが、彼は未だに分かっていなかった。

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