短編小説
0.はじまり
こんなに愛らしいものがこの世の中にあってもいいのだろうか。
当時まだ10歳の少年だった彼は、生まれたばかりの弟・・・零時の姿を見て、幼いながらにもそう感じたことを、今でも鮮明に記憶している。
白い産着に包まれ、新生児室の小さなベッドで眠る、小さな小さな弟は、まるで幼い頃に見た絵本の中の天使のようだった。
淡い灯りに、柔らかな、自分と同じ色をした髪がキラキラと光って、それが天使のわっかみたいで、白い肌に、真っ赤な頬は林檎みたい。
その、小さな手に触れてみたいと思う。
そして何故かこの弟は、自分が大事に護ってやらなければならないと、そう感じた。
今まで好きになった女の子とは比にならないくらい、可愛くて、愛らしくて。
生まれたばかり、出会ったばかりだというのに、訳が分からないほど好きだという気持ちが溢れ、皆に言って回りたいくらい愛しくて仕方がなかった。
「ねえ、パパ」
並んで、同じようにガラスにべったりと張り付いた体勢で、生まれたばかりの可愛い可愛い我が子を、だらしなく下がりきった目で、そりゃもう穴が開くほど見つめていた彼らの父親は、その声に我に返ったように隣の、兄になったばかりの息子に視線を移した。
「ん?何?ユウちゃん」
普段から、少し抜けたようなぽわんとした雰囲気を持った父親だったが、それに拍車を掛ける様に、幸せボケした優しい笑顔を浮かべている。
それに負けないくらい、優市はニッコリとキレイに微笑むと、視線を父親から、弟へと戻し、より一層笑みを深くした。
「オレ、この子が大きくなったらお嫁さんにするよ!」
「そっかぁ。パパもそうしてくれたら嬉しいなぁ」
無邪気にそう告げる息子に、父はぽややぁんと、嬉しそうに笑う。
赤ん坊をみて、楽しそうに笑いあう父子。
とても微笑ましい光景だったが、これがこの時生まれた零時の人生を決める、全てのはじまりだったのだ。
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