あるお休みの日のこと
「……暇や」
あまりの退屈さ加減に、思わず口に出てもうた。
昨日になって突然言い渡された休暇。……別に悪い事したわけやないよ?
最近働きづめやったから、たまにはゆっくりと体を休めろっていう上司の人のご好意で頂いたわけですが。
「こんな急に休みになってもなあ」
休みっていうのは、それがいつ来るかが分かってるからこそ予定をたてたり、アレをしようコレをしようって考えを巡らせれるから楽しみであって。
急な話やったからそんな間もなかったし、かといってやりたい事も特にないし。
――あかん、なんか愚痴っぽくなってる。せっかくの休みなのになあ。
とりあえず、いつもより遅く起きて。部屋の掃除して、お洗濯して、明日からの仕事内容の確認をしてたら、もうやる事がなくなってしまった。
そんなこんなで、今はリビングでゴロゴロしてます。
「はやてちゃん、退屈そうね」
「シャマル。退屈そうやない、退屈なんや」
庭から洗濯物を取り込んできたシャマルに、寝転びながら返事を返す。
ちなみにシャマル以外のウチのみんなはもちろんお仕事で、リィンは定期メンテ中。
シャマルは今日は夜勤で、みんなが帰ってくる頃に出勤する。
「いつものファミコンは?」
「もうやりつくした」
「どこかへお出かけしたり」
「行く宛てがない。映画も今はおもろそうなんは何もないし、一人で街に出てもなあ」
「ならやっぱり、ゆっくりと静養するしかないんじゃない?」
「ん〜」
ふと外を眺めると、綺麗な青空の広がった良い天気。
穏やかな日差しは暖かい日向を部屋いっぱいに作ってくれていて、ここでなーんも考えんで日向ぼっこしながらゆっくりするっていうのもええねんけど。
それはそれでなんか損した気分になんねんな。
「何もせずに身体を労るのも、休み方のひとつですよ?」
「……そうやなあ」
洗濯物を畳んでいるシャマルの横でごーろごーろ、ごーろごーろ。
シャマルを眺めながら、ごーろごーろ、ごーろごーろ。
ごーろごーろ、ごーろごー……うぅ、酔うてきた……。
「♪〜」
時折歌を口ずさみながら、とんとんとテンポ良く服やらタオルやらを畳んでいく。
こうして家事に勤しむ姿を長いこと見てきたけど、ほんま見るからに若奥様やなあ。
もうふいんきがね。ちゃうちゃう、雰囲気がね。
「? どうかした?」
「ん〜。シャマルはええ奥さんになりそうやな〜って」
「え!? お、奥さんだなんて、そんな……」
赤く染めた頬を両の掌で包んで。
そういう照れた仕草も、若奥様度を高くするなあ。
……シャマルが奥さんやったら、今の私は旦那か。
昼間っから仕事もせんとゴロゴロして、嫁のせっせと家事に励む姿を眺める。誰がどう見たってダメ亭主やな。
「ん。それはあかんな」
「え? なにが?」
立ち上がってグーっと伸びをひとつ。時計を見ると、もう三時を過ぎていた。
暇やからってゴロゴロし過ぎたな……。
「うむ、いつまでもぐーたらしてんと、私もお手伝いしよかな」
「ゆっくりしててもいいんですよ? 家事は私がやりますし、折角のお休みなんだから、」
「あかん。それじゃダメ亭主へまっしぐらや」
「亭主、って?」
「シャマル、今日は夜勤やろ? 夕飯の買い物と支度は私がやっとくから」
「そんな、悪いですよ。今日は私が当番の日なんですし、勤務シフトに関わらずちゃんと守らないと」
「でも、ちょっとは寝ておきたいんちゃう? でないと辛いで?」
「う〜ん……あ、それじゃ一緒にやりましょう。二人でやれば早く終わりますし」
でもそれじゃ……って反論するよりも早く、シャマルは台所へ買い物袋を取りに行ってしまった。
ついさっきまでゴロゴロしとった私が言うのもなんやけど、ええんかな……?
まあ兎に角、私もちょっと着替えてこよう。
あ、言い忘れてましたけど、私今までずーっとパジャマ姿でした。
休みとはいえ、昼過ぎまでパジャマ姿でいる。ダメな大人になったなあ。
◇
「シャマルと二人で買い物なんて初めてだったんちゃう?」
「そうですね。いつもはみんなと一緒か、誰か手の空いてる人が一人で行ってますから」
スーパーからの帰り道。なんやかんやとしているうちに日は傾いて、夕日が辺りを照らしていた。
並んで歩く私たちの足下に長い影が出来ている。
「日ぃ短なったなあ」
「もうすっかり秋ですね」
「一年なんてあっと言う間やな。お正月があって、お盆が来て、寒なったと思ったらまたお正月」
「もう、はやてちゃんったら。おばあさんみたい」
「シャマルには言われたないなあ」
「…………」
「うそうそ! 冗談やん、そんなに真に受けんで」
たわいもない話をしながら行く帰り道。
私の話にシャマルが笑ってくれて、シャマルの話に私が笑う。
「はやてちゃん、買い物袋重くない?」
「私ももう子供やないんやから、これくらい何ともないって」
実を言うと、ちょっとだけ重いなって思っててんけど、任せようとは思わんかった。
今の私はシャマルの亭主役なんやから、そんなことさせられへん。って、私の主観的な亭主観やけど。
でも顔とか仕草に出てたのかな。大丈夫や言うても、シャマルは心配そうな顔してこっちを見てる。
「あー。それじゃ、な」
荷物を持ってない、空いてる方の手で、シャマルの手を掴む。
こういうのを予想してなかったのか、一瞬驚いたような表情をしたけど、すぐに握り返してくれた。
「こうすれば、大丈夫や」
「……うん」
あったかいなあ、シャマルの手。なんかほんまに力が湧いてくるみたい。
……違うな。力が湧いてくるんじゃなくて、気持が舞い上がってるんか。
「なんかええなあ、こうゆうの」
「え?」
「二人で夕飯の買い物して、手繋いで家まで帰る。上手く言葉にはでけへんけど……」
「なんとなく分かります、はやてちゃんの気持ち。私も、同じ気分です」
「……そか」
でも、手を繋いでから会話はぱたりと止んでしまった。
私はなんだか気恥ずかしくて、シャマルはどうしてなのか分からんけれど。
お互い無言で、ただ足を進める。
――今、シャマルはどんな顔してるんかな……。
気づかれないように目線だけをチラッと向けてみると、どこか恥ずかしそうな表情をしていた。
私の心臓が早鐘を打ち始める。頬が熱を帯びてきているのが分かる。
何が、こんな気持ちにさせるんやろうな。
やってることは、特別なことでもなんでもなくて、日常のありふれたヒトコマやのに。
「あ、お家に明かりが点いてる」
「お。みんないつもよりちょっと早いなあ」
名残惜しいけれど、握っていた手を離す。
解けた掌を撫でる秋風が、随分冷たく感じる。
「急いでご飯の支度しよか」
「はい、そうですね」
とりあえず、今は分からんくてもいい。
手を握れば握り返してくれて、笑いかければ笑い返してくれる。
その事実があれば、今はそれだけで十分や。
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