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あなたをお嫁にしたくって
 
 意識しているかしていないかは別として、人間が何かを頑張ろうと思う時、その最も根源にあるものは“誰かに褒めてもらいたい”等の欲求ではないだろうか。
 沢山勉強して試験で良い点数をとりたい。沢山練習してスポーツで良い成績を残したい。そしてその結果を見せ、頑張ったね、よかったね、凄いねと言ってもらいたい。
 誰しもかつて一度くらいは、そんな思いを抱いて物事に取り組んだ事があるだろう。

 ここに一人の少女がいる。
 キッチンに立ち、決意の籠った表情で料理の支度をする彼女の胸には、今まさにそんな熱い思いが渦巻いていた。

「フェイト! 買ってきたよ!」

 パタパタとスリッパを鳴らして、買い物袋を提げた小さな女の子――ちびフォームのアルフがキッチンへ駆け込んできた。

「ありがとう、アルフ」

 受け取った袋の中身を見て、フェイトの顔は一層引き締まる。
 エプロンを身につけ、紐をまるで胴着の帯を締めるようにしてキュッと結ぶ。
 しなやかな金色の髪を三角巾で抑え、準備は整った。

「よし……やろう!」
「おおーっ!」

 フェイトの戦い?が今、始まった――


□■□■□■□


 急いで支度を終えたアルフが、フェイトの隣へ並ぶ。
 まな板の上には、先ほどアルフがお使いしてきた物が横たわっていた。
 15センチ程のサバが一尾。横に置かれたビニール袋の中には、氷と一緒にあと五尾のサバが入っている。
 フェイトはそれをじっと見つめ――

「…………」

 じっと見つめ――

「……フェイト?」

 ぴくりとも動かない。

「フェイトってば!」
「――え!? な、なぁに、アルフ?」
「もう! どうしちゃったんだい?」

 始まる前の勢いはどこへやら。フェイトはすっかり消沈し、サバへ不安そうな視線を落とす。
 切り身等ではなく、生きていた姿そのままの魚。リンディに魚料理を幾つか教えてもらった事はあるが、魚を一から調理するのは生まれて初めての経験であった。知識としては持っていたのだが。
 アルフに促され、フェイトは包丁を手に気合いを入れ直す。

「それじゃ、まずは鱗を取ろうか」
「う、うん……」

 そして彼女が鯖へ手を触れるのとどちらが早かっただろうか。
 サバが勢い良く跳ねた。

「うわ、こいつまだ生きてたんだ。一番新鮮なやつを頂戴って言ったけど、こんなに……って、フェイト?」

 アルフがふと隣を向くとそこにフェイトの姿は無く。
 さらに視線をスライドさせていくと、キッチンの一番奥の壁に追い込まれたように座り込むフェイトを見付けた。

「あ、あるふ……それ、い、い、いきて、る……」

 ぱくぱくと口を動かし、途切れ途切れに声を出す。

「生きてるね」
「いきた、まま……きる、の……?」
「まあ、そうゆう事になるけど」
「そ、そんな、こと……」

 言葉無く首を横に振るフェイト。
 その視線の先で、再びサバが跳ねた。
 フェイトにはきっと、「捌けるもんなら捌いてみやがれ!」みたいな吹き出しも見えていることだろう。
 普段のクールな彼女の面影はどこにもなく、完全に取り乱してしまっているようだった。

「しょーがないなぁ」

 アルフはサバを全てバットの上に並べると、布巾をかけて、それを冷蔵庫の中にしまった。

「これで大人しくなるのを待とう。ほら、フェイト立って。大丈夫だから、バリアジャケット解除して、バルディッシュもしまって」

 サバの調理、一時中断。
 アルフに支えられ、フェイトはリビングへと戻った。




「ごめんね、アルフ。なんか色々と混乱しちゃって……」
「私は別にいいけどさ」

 ソファーに腰かけるフェイトの膝に頭を乗せるようにして、アルフは寝転がる。

「ねえ、どうして急に魚の捌き方を身につけようなんて思ったの?」
「えっと……昨日、なのはがね……」

 フェイトは少し恥ずかしそうに、昨日の出来事を話し始めた。


□■□■□■□


 その日は特にやらなければならない事もなく。
 フェイトとなのはは、本を読んだり、音楽を聞いたりして、一緒にのんびりと過ごしていた。
 「何か面白い番組やってないかな〜?」となのはがテレビのチャンネルを回したところ、画面に映ったのは料理番組のようだった。
 鉢巻きをしたお爺さんが、慣れた手つきで魚を捌いていく。きっと“板前”と呼ばれる人だろう。
 大きな魚も小さな魚も、素早く、そして鮮やかに捌いていく板前の技術に、フェイトの目は釘付けとなった。

「すごいねぇ」

 先に感嘆の声を挙げたのはなのはだった。

「魚を上手に捌ける人って、何だかかっこいいよね。私、そんな人のお嫁さんになりたいかも」

 そのセリフに、フェイトの思考が止まる。いや、別の方へ向かって急加速する。あらゆる機能をシャットダウンし、その為だけに全てのキャパシティが使われる。


 なのはが、お嫁さん。
 魚を上手に捌ける人の、お嫁さんに、なりたい。
 私となのはが一緒に料理をしていて、私がなのはの見ている前で、上手に魚を捌けたら――

『すごーい! フェイトちゃん、お魚捌けるの?』

 うん。言ってなかったっけ?

『全然聞いてないよ〜! わあ……アジにサバ、鯛にヒラメにカツオ。こんなに大きな本マグロまで!』

 全然大した事じゃないよ。なのはだって、練習すれば出来るようになるよ。

『――フェイトちゃんっ』

 え、なのは!? どうしたの、急に抱きついたりして……?

『私、フェイトちゃんのお嫁さんになりたい!』

 な、なのは……!!

『あっ、ダメ、フェイトちゃん……! ここ、キッチンだよ? あ、そんな……嬉しいけど……あんっ……!』


 だらしなく顔を緩ませるフェイトを、なのはは不思議そうに見つめていた。
 まさか彼女が、自分を美味しくいただいちゃってる想像をしているなんて、夢にも思わないだろう。
 テレビでは板前の捌いた魚の刺身を、芸能人が美味しそうに頬張っていた。
 その芸能人の表情とフェイトの表情が、妙に似ているのに、なのはが気付くはずもなかった。


□■□■□■□


「なるほどね〜」

 理由を聞いたアルフ(妄想部分は大幅カットで修正済み)は、そんな事だろうと思ったよ、と一つ息を吐いた。
 しかしその気持ちは十分に理解できた。
 好きな人、大切な人に、喜んでほしい、自分の頑張りを認めてもらって褒めてほしいという思いは、アルフも常に持ち続けている。
 それはもちろん、他ならぬフェイトへと向けられたもの。
 彼女の願いは自分の願い。彼女の喜びは自分の喜び。
 だからアルフはフェイトの手をとり、

「よし! フェイト!」

 力一杯、引っ張って、支えようと思う。

「頑張ろう! なのはに良いところ見せたいんだろ? いっぱい練習して、あいつをビックリさせてやろうぜ!」
「アルフ……。うん、そうだね。頑張ろう!」

 やる気復活。
 二人は再びキッチンへと向かい、

 ――ガタガタガタッ!

 冷蔵庫の前でフェイトは立ち往生した。


□■□■□■□


 数日後。
 ハラオウン家の食卓には、この家の住人の他になのはの姿もあった。特訓の成果を披露しようと、フェイトが招待したのだ。
 残念ながら時間の都合がつかず、魚を捌いている姿をなのはに見せることは叶わなかったが、ならばせめて、なのはに美味しいと言ってもらえるようにと、フェイトは精一杯腕を振るった。

「なのはさん、お味はどう?」
「はい、すごく美味しいです」
「今日の料理ね、みんなフェイトが作ってくれたの。この煮魚なんて、魚を一から捌いて作ったのよ」

 リンディの言葉になのはは目を丸くする。

「フェイトちゃん、すご〜い! お料理とっても上手だね」
「そ、そうかな。ありがとう、なのは」

 頬を赤らめ、はにかむフェイト。

(よかったね、フェイト)

 アルフも満足そうに笑みを浮かべる。

「フェイトちゃんは、良いお嫁さんになれそうだね」

 ふと出たその言葉は、なのはの素直な感想だろう。そして回りにいる皆もそう受け取ったはずだ。
 しかし、アルフは感じた。この中の一人が、その言葉に凄まじい衝撃を受けた事を。
 精神リンクのその先から伝わってくる、何とも言い表しがたい感覚。イメージ的には、暖色系の色をした画用紙が一瞬にして色褪せていくような。
 もちろん、それが誰の心象イメージなのかは言わずもがな。

(フェイト……顔は笑ってるけど、心がすご〜く冷たいよ……)

 煮魚を一口頬張る。
 なんだろう、普段よりも少ししょっぱい気がした。
 この味をきっと、彼女の主も感じていることだろう。



 


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