名前を呼んで
ある朝の登校時。
あやかの後姿を見つけた明日菜は、
「いんちょ、おはよ!」
と声をかけ、彼女を走って追い越していく。
お昼休み。
授業が終わるなり、明日菜はあやかに駆け寄り、
「いんちょ。一緒にランチしよ、ね?」
あやかの腕に抱きつき、二人で教室を後にする。
放課後。
ホームルームが終わっても、明日菜は席を立とうとはしなかった。
あやかも同じく、席に座ったままだ。
そしてクラス内の人影がまばらになってくると、
「いんちょ、そろそろ帰ろっか」
明日菜はあやかに声をかけた。
二人は、二人だけでゆっくり帰れる時間を待っていた。
そして現在。
二人はお喋りをしながら、帰り道を辿っている。
「ねえ、アスナさん?」
「ん? どうしたの、いんちょ」
返ってきた明日菜の言葉に、あやかは少し怪訝な顔をする。
「その……どうして私の名前を呼んでくれないのですか?」
「えっ――!?」
これは今日に限った事ではない。
あやかとの関係が友達だった頃も、それ以上に進んだ現在であっても、明日菜は彼女を“いんちょ”と呼び続けている。
自分の想い人に名前を呼んでもらえないのは、やはりもどかしいもので……。
「どうしてですか?」
あやかは明日菜に問いかけた。
「えっと、それは、その……」
明日菜はうつむいてモジモジしている。
「改まって呼ぶのは、照れるというか……」
明日菜自身も違和感を感じていたようだ。
でも恥ずかしさの方が勝ってしまい、一歩を踏み出せずにいた。
「みんなの前で言うのも恥ずかしいし……」
そんな明日菜の様子を見てあやかは思わず、明日菜をぎゅ〜っと抱き寄せた。
突然のことに、明日菜は顔を真っ赤にして慌てている。
「もう……恥ずかしがることなんてないんですよ?」
「でも」
腕を組んだり、ハグをしたり。時にはあやかの方が恥ずかしいと思う事も積極にしてくるのに、“名前を呼ぶのが恥ずかしい”というそのギャップが、あやかには可愛くて可愛くてしかたなかった。
「呼んでくれないと、離れ離れになったときに困ってしまいますよ?」
子供をあやすように優しく、そして悪戯っぽく、あやかは明日菜に微笑みかける。
「ね? アスナさん?」
「うん。あ、あやか……?」
「はい♪」
本当に些細な事だけれども、これで二人の距離はまた近づいた。
少しずつ、少しずつ。
二人は互いを知りながら、歩んでいく。
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