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春に抱かれて
 
 日曜日の昼下がり。
 昼食を終えた私と桜子さんは、のんびりと午後のひと時を過ごしています。
 今日は良い天気。
 窓の向こうには綺麗な青空が見えていて、部屋には春の陽射しが沢山入ってきます。

「春のお日様って、なんでこんなに気持ち良いんだろうね」
「ふふ、本当ですね」

 私たちを包み込む暖かな陽射し。
 丁度よい満腹感も相まって、何とも言えない心地良さが広がり、思わず表情もゆるみます。

「いいんちょ、今すご〜くリラックスした顔してる」
「仕方ありませんでしょう? こんなに心地良いんですもの。それに、誰に見られるというわけでもありませんし」
「私が見てるよ?」
「桜子さんは特別です」

 こんな表情を見せるのは彼女だけ。正確には彼女と他数人。
 うちのクラスの誰かさんには「二十四時間生真面目で融通の利かない奴!」なんて言われた事もありますけど、私だって気を緩める時はありますし、こんな顔をしたりもします。それが一部の人の前でのみ、というだけで。
 その中でも桜子さんは少し特別で。
 彼女の前だと、なんとなく嘘が吐けないというか、安心出来るというか、素直な自分で向き合っていたいと思えるのです。

「はあ……それにしても、気持ちいいね〜」

 そう言いながら、ごろんと後ろに倒れて横になる桜子さん。
 シャツが捲れておへそが見えているのは……黙っておきましょう。

「食べてすぐ横になると、身体によくありませんよ?」
「だってさぁ……よいしょっ」

 身体を返してうつ伏せになると、桜子さんは匍匐前進するようにのそのそとテーブルを離れ、窓のそばへと移る。

「お行儀が悪いです」
「大丈夫。誰も見てないし」
「私が見ていますけど?」
「いいんちょは特別。ほら、いいんちょもおいでよ。こっちの方がもっと暖かいよ」

 手招きされて、横になった桜子さんの隣へ。
 窓のすぐそばは床も暖かくて、そこへ座って目を閉じると、全身が春の陽気に包まれたような気分になります。
 よく猫がこうしているのを見かけますが、その気持ちが分かりますわね……。

「ねえ、いいんちょ」
「なんですか?」

 返事をしたそのすぐ後。
 太ももの辺りに重みがかかったので、そちらへ視線を向けると。
 そこには桜子さんの顔があって、視線が重なりました。

「膝枕、してもらってもいい?」
「……もうしてるじゃありませんか」
「あ、そう言えばそうだね」

 無邪気そうに笑う桜子さん。
 この体勢だと、そんな彼女の表情がよく分かります。
 陽に煌めくオレンジ色の髪。薄っすらと茜色を帯びた瞳に、整った顔立ち。
 初等部以来の付き合いで、ほとんど毎日のように顔を合わせているのに、今こうして彼女の顔を見下ろしていると、鼓動が速くなっていくような――

「? どうかした?」
「い、いえ! なんでもありません!」

 訳も無く慌てているのを知られたくなくて、窓へと顔を背ける。
 頬が熱いのは、陽射しだけのせいではないような気がします。
 気持ちを落ち着かせて、心の中で深呼吸もして、そっと顔を桜子さんの方へ戻すと――すぐに視線がぶつかりました。

「な、なにか?」
「ん〜ん。べっつに〜」

 そう言って、また笑顔を浮かべる桜子さん。
 それにつられて私の顔からも、笑いがこぼれました。



□■□■□■□



「なんだか眠くなってきちゃった……」
「どうぞ、眠ってしまって構いませんよ?」
「いいの? 足痛くない?」

 実際のところ、少し痺れてきたような感覚がありました。
 しかしそれは不思議と不快では無くて。
 大丈夫だということを伝えると、桜子さんはえへへと笑い、目を閉じました。
 ふと窓の外を見上げると、そこには青い空と白い雲。
 暖かな陽射しは春の訪れを感じさせます。
 そんな春の陽気と同じくらい、私の心のうちは穏やかなものでした。






▼03.19:加筆・修正
 



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