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魔法使いの箸使い
 
 アンナ・ココロウァ、11歳。

「このっ! こう……して!」
「もう! なんでこんな簡単な事がこんなに難しいの!?」
「このまま……このまま……」
「あ!? ぅわあぁー!! また落とした!!」
「もう嫌ぁ!!」

 日本の心を知るべく、箸使い習得に奮闘中。



 アーニャが日本に来て数日。
 こちらでの生活を楽しむ姿を見て何よりだと思いながらも、ネギにはどうしても気になってしまうことがあった。
 それは食事の席でのことなのだが。

「ねえ、アーニャ?」
「むぐむぐ……何よ?」
「箸、ちゃんと使おうって思わない?」

 アーニャの箸の使い方をちょっと観察してみよう。
 まず箸を二本一緒に利き手で力強く握る。
 次に食べたいものに照準を合わせ、握ったそれを振り下ろす。
 そして突き刺した食べ物を、手首を上手く反して口へと運ぶ。
 何とも豪快な食事シーン。

「……これじゃダメなの?」
「お嬢ちゃん、そいつは握り箸っていって、小さい子供らがすることなんだぜ――って、ぐえ!?」

 “小さい子供”という発言が気に入らなかったようで、アーニャはカモを引ったくって文字通り締め上げる。

「私も少しは変だと思うけど、それを言うなら、そもそも箸の方がおかしいのよ! 突き刺すならフォークの方が上、掬うならスプーンの方が上。西洋食器に比べて、明らかに食事機能の性能が劣っているじゃない!」
「でも、外国の人だから箸が使えないのはしょうがないって思われるのは、アーニャ嫌じゃない?」
「そ、それは……確かに」
「それにお嬢ちゃん。箸を使うのが上手い女ってのは、後々にポイント高く付くと思うぜ? てゆうか、いい加減放してくれません?」
「う〜む……」

 二人の言葉に暫し考え込むアーニャ。

 外国人だからってバカにされるのは我慢ならない。
 それに言われてみれば、箸を使うのが上手な人の姿は凄く絵になった。
 例を挙げるなら、あの半デコの人。ただ普通に食事をしてるだけなのに、凛とした雰囲気があったというか。
 ああゆうのを“ヤマトナデシコ”って言うのかしら?

「どう? アーニャ」
「そうね。少しくらいなら、やってみてもいいかな」

 かくして、アーニャの箸使い習得特訓が開始されたのであった。



□■□■□■□



 特訓を開始してから早一時間。
 箸を落とすこと数十回、掴み損ねること数十回、掴めても運び損ねること数十回。
 初めは渋々といった感じでやっていたアーニャだったが、あまりの上手くいかなさに負けず嫌いの炎を灯され、全身全霊をかけて箸に挑んでいった。その甲斐あってか、まさに“箸にも棒にもかからない”状態だったアーニャの箸使いは、この短時間で大きいものならば難なく掴めるようになるまでに上達した。
 ちなみに、特訓の仕上げとして用いたのは卵焼きだ。

「凄いよアーニャ、こんなに早く上手になるなんて!」
「当然でしょ! 私を誰だと思ってるの? 占い師にとって手先の器用さっていうのは、重要なスキルなんだから」

 えっへん、と得意げに胸を張り、卵焼きを頬張るアーニャ。

「器用さねえ。まあ、あの握り箸の使い方もある意味すげえ器用だったけど――っな、ぐえっ!?」
「ごちゃごちゃうるさい」

 再びカモをキリキリと締め上げる。口は災いの元。
 このオコジョをどうしてやろうかと想像を巡らせていると、玄関のドアが開く音がして、
「ただいま〜。あ、アーニャちゃん来てたんだ」

 明日菜が帰ってきた。

「二人だけ? 何してたの?」
「アーニャに箸の使い方を教えていたんです」
「あ〜、なるほど。たしかに酷かったもんね、アーニャちゃんの箸使い」

 今まで口に出していなかっただけで、明日菜もあれは酷いと思っていたようだ。

「ふふん。もうそんなこと言わせないんだから」

 そう言って、アーニャは早速特訓の成果を明日菜に披露する。

「へえ〜! あの握り箸がここまで綺麗に持てるようになるなんてねえ」
「しかも、たったの一時間程度でここまできたんですよ」
「ところで、そこにある卵焼きは何なの?」
「アーニャが特訓の仕上げにって、作ったんです。食べてみますか?」

 それじゃ一つ、と卵焼きに明日菜が手を伸ばしたその時、

「あっ、ちょっと待って」

 アーニャがそれを制した。

「食べちゃダメ?」
「ううん、そうじゃなくて……はい、あ〜んして」

 自慢の(?)箸使いで卵焼きを一切れ掴むと、左手を添えながら明日菜の口元へ。
 ちょっと前かがみになって、明日菜はそれをぱくんと頬張った。

「うん、もうバッチリじゃない!」
「本当!? やったー!」

 明日菜の両手を取り、くるくると嬉しそうに踊るアーニャ。

「これで箸使いの習得は概ね完了ね! 早くみんなに見せてあげたいなあ」
「それなら、晩ご飯一緒に食べていけば? 木乃香だけじゃなくて、刹那さんにも見せられるわよ」

 喜び勇んで夕食を待つアーニャ。
 そして数時間後。
 箸を構えて待つ彼女の前に出された料理は、

「はい、どうぞ〜。近衛家特製カレーライスやえ〜」

 だったとさ。










「ちょっ、アーニャちゃん! 自棄になっちゃダメ!」
「止めないで明日菜! 本気になれば、やってやれないことはないの!」
「やれるかもしれないけど、楽しい食卓が一部分だけシュールな画になっちゃうから!」
「いいじゃない! シュール上等!」

 大勢で食べるご飯は美味しくて楽しい。

「まあ、箸で食べれねえこともないけどな」



 



あきゅろす。
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