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ひみつのアメちゃん
 
 時刻は日付が変わろうという頃。
 紙袋を抱えて部屋を抜け出して、足音をたてないようにそっと向かうのは、極上寮の一階にあるキッチン。
 こんな夜中にそんな所へ何の用があるのかというと、来週末にまで迫った、とあるイベントの準備のため。
 日本ではあまり馴染みがないけれど、宮神学園ではそんなことおかまいなしに盛大に開催される十月最後の日にある催し物、ハロウィン。
 そこでお菓子を貰いに来た人たちへ配るためのものを用意しようと、こうして抜き足差し足しているわけで。
 別にこそこそと隠れながらする必要性は必ずしもないんだけれど、渡す前からそれが何なのか分かっちゃってるよりは、秘密にしておいた方が少しは驚いてくれたり、喜んでくれたりするかなって。
 まあこれは、主に一つ屋根の下で暮らしてる生徒会のみんなへのことなんだけれど。

「おじゃましま〜す……」

 普段はあまり入ることのない寮のキッチン。
 電気を点けると、カウンターの所に“市川さんへ”と可愛らしい文字で書かれたメモが置かれていた。管理人さんからかな。
 ちなみに、今夜私がキッチンを使うことは事前に管理人さんへ伝えてある。夜中に明かりの点いたキッチンからガタゴトと物音がしていたら誰だってびっくりするだろうし、それがもとで騒ぎにでもなったら、色々と恥ずかしい。

「えっと、なになに、」


“市川さんへ

 調理器具も冷蔵庫内の食材も、自由に使ってもらって結構です
 市川さんからお預かりしていたあれは、冷蔵庫の左奥にあります
 後片付けは私がしますので、用事が済んだらそのままの状態にしておいてもらっても大丈夫です
 あまり夜更かしはしちゃダメですよ エヘッ☆

 管理人 久川まあち より”


 いやいやいや。流石にそこまで面倒をかけるわけにはいかないですよ。材料も用意してます。片付けもしっかり自分でやります。キッチンを貸してもらうだけで十分です。
 それにしても本当に、管理人さんは良い子だなあ。いや、良い子過ぎる。
 この極上寮で生活してて、どうしてこんなに良い子になるんだろう。
 どこかの誰かさん達は、少しは管理人さんを見習ってほしい。

「さて、さっそく始めようかな」

 エプロンを着けて――っと。そういえば管理人さん、手紙でも“エヘッ☆”って言うんだ。



   ◇ 
 
 
 材料は持ってきた紙袋に入れてきた砂糖、水飴、赤青黄の食紅。あと、届いてから保存してもらっていた果物の果汁。メモの通り、冷蔵庫の左奥にあった。
 見てもらって分かる通り、作ろうとしているのはキャンディ・アメちゃん・ドロップ。
 保存も利くし、一度に沢山の量が作れて、味のバリエーションもつけ易い。
 オシャレかそうでないかっていう話になるとなんとも言えないけど、親しみやすさなら、多分どのお菓子よりも優れてると思うし。
 まず準備するのはアメのベースになるもの。小さめの鍋を用意して、その中に水と砂糖と水飴を入れる。
 このまま煮詰めれば、昔懐かしのべっこうアメの出来上がり。でもそれだけじゃ寂しいから、果汁を加えてフルーツ味にする。
 今ここにあるのは、イチゴ、オレンジ、レモン、ブドウにモモにメロン、それとハッカ。アメとしてはオーソドックスなものを揃えた。
 これを鍋に適量加えて煮詰めると、その味のアメになってくれる。
 味を変えるならもう一手間。イチゴなら赤、メロンなら黄緑というように、その味に合った色を三色の食紅の混ぜ方・濃淡で作る。

「これで下準備はおしまい、と」

 準備が済めば後は驚くほど早い。
 鍋を火にかけると程なくして、煮詰めた砂糖の甘い匂いが漂ってきた。
 透明だったものが段々と琥珀色を帯びて、少しずつアメへ変わっていく。



   ◇



 アメ作りは然程難しいものじゃない。アメ細工を作ろうっていうなら話は別だけど、基本的には煮て、よきところで熱を取って、練って練って、形をまとめて出来上がり。
 そんな単純作業が私の性分に合っているのか、あっという間にキッチンは色とりどりのアメ玉でいっぱいになった。

「はあ……砂糖に酔いそう」

 これだけの数を作っているうちに、キッチンは砂糖の甘〜い香りで満たされてしまった。それはもうクラクラしそうな程に。

「あとはこれを冷蔵庫で冷やせば出っ来上っがり〜」

 アメの並べられたトレイを、キッチンの奥にある大型の冷蔵庫の中へしまう。
 こっちの冷蔵庫は管理人さんくらいしか開けないし、見つからないよね。
 明日にはラッピングするし、今だって夜中にこっそりやってて誰も見てないんだし――

「……だめ、心配。メモ付けとこ」
 こうゆうのを驚異的な感覚で捜し当てそうな子たちの顔がちらつく。
 ごめんなさい、某遊撃さん、某書記さん、某名誉顧問さん。信用してない訳じゃないけど、一応保険にね。
 時計を見ると、もう結構な時間になっていた。
 明日は休みじゃないし、ちゃっちゃと片付けを済ませて寝よう。



   ◇ 
 
 
「あれ?」
「あら、まゆらちゃん」

 階段を上がりきってすぐ、聖奈さんとばったり出くわした。

「聖奈さん、まだ起きてたんですか?」
「模試の勉強に熱が入っちゃって。まゆらちゃんは?」
「私は、えっと……」

 ハロウィン用のお菓子を作ってました、って言っても別に構わないんだけど、ここまできたら秘密にしておきたいし。でも、変に誤魔化して余計な誤解とか心配をさせちゃうのも嫌だし……、

「ふふ、上手く出来た?」
「はい、それはもうバッチリ……って、え?」
「そんなに甘い匂いさせてたら、誰だって分かっちゃうわよ」
「あははは、やっぱり」

 そりゃあれだけ砂糖の匂いに包まれていたら移りますよね、普通。
 なんか複雑だなあ、あっははー。

「何を作ってたのかは、聞かない方がいいわね」
「そうですね、秘密ってことで。そんなに大した物じゃないですけど」
「ううん、そんなことない。まゆらちゃんの手作りだもの。楽しみにしちゃう」
「……ありがとうございます」
「うん。それじゃ、おやすみなさい」

 そう言って、聖奈さんは階段を下りていった。
 勉強の息抜きかな。キッチンに飲み物でも取りに――

「完全にばれちゃうなー。まだ匂い抜けてないだろうし」

 まあ、いっか。楽しみにしてくれてるっていうし。



“――まゆらちゃんの手作りだもの。楽しみにしちゃう”



 はあ、なんか顔が熱いなあ。
 やっぱり、砂糖に酔ったの、かな。
 ……うん。そうゆう事にしておこう。

 
 
 





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