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橋の上から
 
 宮神町と学校を繋ぐ橋の上から、私は海を見つめています。
 降り注ぐ日差し。
 晴れ渡った空と、青い海。
 そして、私の髪を揺らしていく、穏やかな潮風。
 夏はもう、すぐそこまでやって来ているんだって感じます。
 私が宮神学園に来てから初めての夏。
 どんな夏が、私を待っているのでしょう?
 陽の光を受けて輝く水面。
 流れる波は、その姿を刻々と変えていきます。
 ……波って、どこから来るのかな?
 遠い遠い、ず〜っと向こうの、外国の方からかな?

「ん? 蘭堂か?」

 名前を呼ばれたので振り返ってみると、そこにいたのは奈々穂副会長さんでした。

「やっぱりそうだったか」

「副会長さん、こんにちはです」

「どうしたんだ? こんな所で」

「はい、海を見ていたんです」

 副会長さんは「そうか」と言うと、私の横に立って、海の方を向きました。
 私も向き直って、一緒に海を見ます。

「今年も暑くなりそうだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。潮風を浴びてみれば分かる」

 凄いな〜、副会長さん!
 風を浴びるだけで分かっちゃうなんて。

「ん〜……私にはよく分かりません」

「ははは、お前は宮神に来たばかりだろ」

「あ、そうでしたね」

「まあ、それだけ蘭堂自身が宮神に馴染んできたという事だな。宮神学園に来た以上、存分に学園生活を楽しんでくれ。会長をはじめ、私や、生徒会の皆もそれを望んでいる」

 そう言うと、副会長さんは町の方へ行ってしまいました。
 ありがとうございます、奈々穂副会長さん。
 私は宮神学園での生活を、とても楽しんでいます。
 波はとても穏やかで、心地よい波音が続く、夏の午後――。


 空には雲一つなくて、どこまでも、どこまでも見渡せます。
 水平線と空の境界線。
 あの場所に行ったら、その向こうには何が見えるのでしょう?
 同じように、水平線と空の境界線が見えるのか
 それとも、遠い外国の海岸が見えるのか。
 もしそうだったら、私みたいに、海を見ている人がいるかもしれません。

「あら、蘭堂さんじゃありませんか?」

 また名前を呼ばれたので振り向いてみると、今度は、久遠副会長さんがいました。

「こんにちは、副会長さん」

「こんにちは。何をなさっているのですか?」

「はい。海を見ていました」

 「そう」と言うと、久遠副会長さんも、奈々穂副会長さんと同じように、私の隣に立って海を見ました。

「さっき、奈々穂副会長さんも橋を通って行ったんですよ」

「そうですか。何か仰っていましたか?」

「はい、今年の夏も暑くなりそうだって」

「ふふふ、夏が暑くなるのは当たり前でしょうに……」

 潮風が副会長さんの長い髪をなびかせる。

 キラキラしてて、サラサラで、凄く綺麗――

「蘭堂さん?」

「は、はいっ!?」

「どうかしました?」

「い、いえ! その……副会長さんの髪が、凄く綺麗だな〜って」

 見とれちゃっていたのは、恥ずかしいから内緒です。
 その後、少しお話をして、副会長さんは町へ行ってしまいました。
 久遠さんの髪が、また風に流れます。
 海を渡る風が、潮の香りを運んできた、夏の午後――。

 
 青空は次第にその色を朱に変えて。
 海も、町も、山も、建物も。
 優しい橙色に染まっていきます。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 空高くにあった太陽が、水平線の向こう側へ。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 一日が、終わろうとしています。

「りの」

 また、名前を呼ばれました。
 でもこの時私は、それが誰なのかすぐに分かりました。
 だから、振り向くのと同時に、その人の名前を返します。

「奏会長!」

 そこにいたのはやっぱり、奏会長でした。

「何を見ていたの?」

「はい。今日はずっと、ここから海を見ていました」

「そう。何か面白いことはあった?」

 私は、今日ここにいて起こった事、思った事、分かった事を奏会長に話しました。
 きっと、どうでもいいと片付けられてしまう話がほとんどだったのに、奏会長は私の話をずっと聞いてくれました。

「りの、今日は楽しかった?」

 話し終えた私に、奏会長はそう尋ねました。
 その時の奏会長の笑顔は、とても優しくて。
 とても温かくて。

「はい! とても楽しかったです」

 とても、誰かに似ているような気がしました。

「そう、それはよかったわ」

 なんだろう……この気持?
 凄く懐かしいような……。

「それじゃ、一緒に帰りましょうか……あら?」

「どうしたんですか?」

「向こうから歩いてくるのは……」

 奏会長が見ている橋の先――宮神町の方から、誰かがやって来ます。

「……あ! 奈々穂副会長さんと、久遠副会長さんだ! 副会長さ〜ん!!」

 私の声に気が付いた副会長さんたちは、走ってこちらに来てくれました。
 奏会長と、奈々穂副会長さんと、久遠副会長さんと、そして私。
 四人で橋を渡ります。

「奈々穂副会長さんは、どこへ行ってきたんですか?」

「え? いや〜、それは……」

「蘭堂さん、聞いて下さる?実は奈々穂さんったら……」

「く、久遠! 言わないって約束だったじゃないかっ!」

「そんな約束いたしましたかしら?」

「え、なんなんですか?」

「私も聞きたいわ」

「べ、別に大した用事じゃ……」

「なら話してもよろしいんじゃありませんこと?」

「だ〜か〜ら〜!!」

 今年の夏は、楽しくなりそうです。

 夏の気配を感じる、ある日の出来事でした。



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