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行ってらっしゃいからお帰りなさいまで!(家族2)







出来の良い弟を送り出し、布団から起き上がった。パジャマのまま台所へ。
フライパンにひとつ残った目玉焼きを皿に移し、味噌汁を火にかけ温める。
ご飯をよそい、温めた味噌汁を椀に注ぎ、胡瓜の漬物にかかったラップを外す。
余ったご飯は直ぐにラップに包んで冷凍庫へ。炊飯器にかかる電気代の節約で、こうしないと弟に怒られるのだ。
「いただきます。」
今日の朝食も美味しい。ご飯の柔らかさから火の通った黄身、具に味が染み込んだ味噌汁まで、全て。
リモコンでテレビの電源を入れる。テレビを見ながらご飯を食べると行儀が悪いと弟が言うものだから、家族全員で食事する時には見れない。私だけの特権だ。
チャンネルを変え、何か面白い番組が無いか探す。しかし特に目につく番組は無かった。仕方なくワイドショーを付けると、いきなり血液型占いで最下位を言い渡された。不愉快な事この上ない。テレビから目を離し、再び食事に手を付ける。やっぱり美味しい。
食事を終え、皿をシンクの水盥に浸ける。さて、これから何をしようか。そう考えていると、家の電話が鳴った。
「もしもし」
『私です』声の主は弟のようだ。携帯は持っていない筈なので、恐らく学校の公衆電話からかけているのだろう。
『お遣いを頼まれてくれませんか?』
「え...」
『人参と鶏肉を買ってきて下さい。お金なら押入れの天井にお父さんのへそくりがくっついている筈なのでそれを使って下さい。』
そう言うと、電話を切ってしまった。あの早口から察するに、通話料金を10円に収めたのだろう。それでいて、あの丁寧な口調を崩さないとは流石だ。
外に出るのは面倒だ。できることなら家でのんびりしていたい。でも、弟の頼みを断ると後が恐いのだ。下手したら夕飯抜きだ。それは困る。
言われた通り押入れを開き天井をチェックするが、それらしいものは見当たらない。手を伸ばし触れてみると、一ヶ所だけ妙に膨らんでいる。爪で引っ掻いてみると、木目柄の塗装が剥げて下から封筒が出てきた。仕事はサボるのにこんな所にだけは手を込んだ事をして。仕方の無い父親だ。
あれだけ手の込んだカモフラージュをしておきながら中身は1000円札一枚と小銭が少々だけだった。中身よりも塗装にかけた金の方が膨大だったのでは、と思う。とりあえず頼まれたものは買えそうだ。
へそくりを拝借して、パジャマから数少ない普段着に着替えた。普段着と言ってもジーパンにパーカーと言う、必要最低限のラフな格好だ。趣味の良い弟のものを借りようとしたこともあったが、いつの間にか私の背を抜かしていた弟の服は少々ぶかぶかで私が着ると不恰好だった。
最後に戸締まりと火の元を確認、財布を確り持って家を出た。
外に出るのは本当に億劫だ。最近は一気に寒くなったものだから、余計に。とっとと買い物を済ませて帰ろう。そんな事を往路で考えていると、ふと現実に引き戻された。歩道の隅に不自然に段ボール箱が置いてある。ここはゴミ捨て場ではなかった筈だ。
中身を覗き込んでみると、なんとそこには仔犬が一匹。新聞紙が敷かれただけの箱の中でふるふると震えていた。首輪がついて無い所を見ると、どうやら捨てられてしまったらしい。酷いことをする人間がいるものだ。だが我が家では到底飼ってやれない。可哀想だが関わらないのが正解だ。私なんかより、他の良い人に拾われなさい。そう思い立ち去ろうとした、その時。仔犬が箱から飛び出し、キャンキャンと鳴きながら私のジャージに噛みついて来た。
「なんですか?」
仔犬は私の足から離れない。その場でしゃがみ、撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じた。不覚にも可愛いと思ってしまった。駄目だ、どうせ飼えないのだから。名残惜しくなる前に離れないと。でもこの様子では、また立ち去ろうとしてもついて来てしまうだろう。
どうしたらいいかと考えていると、後ろから低い唸り声のようなものが聞こえた。振り向くと一匹の犬が私を睨み付けていた。姿からして、この仔犬の親なのだろう。親子で捨てられしまったのか。
「ほら、帰りなさい。」
軽く背を押してやると、こちらを何度も振り返りながらも親の元へと帰って行った。
私が歩き始めて暫くして、少し気になって振り向いてみると、親がくわえていた良く解らない爬虫類の様なものを仔犬に与えていた。食べるものがなくて、あんなものを。親はちゃんと何か食べているのか。
駄目だ、もう考えるのはやめだ。私なんかが案じずとも、ちゃんと誰かに拾われて沢山のご飯を食べさせてもらえるだろう。とっとと買い物を済ませて帰るのだった。
漸くスーパーに着く。頼まれていたのは確か、人参と鶏肉。野菜のコーナーでそれなりに見た目の良い人参を適当に選び、買い物籠に。精肉のコーナーで、鶏肉を選ぶ。モモ肉なのかむね肉なのか。弟はそんなこと言っていなかった。それよりも牛肉の方が美味しそうだ。犬も牛肉なら食べられるだろうか。ああ私はまた何を考えているのだろう。そもそもここで牛肉を買ったとしても生のままあげたらお腹を壊してしまうかもしれない。そんな事を考えながらも無意識のうちに買い物籠に牛肉を入れていた。
犬は何が食べられるだろう。そうだ、ビスケットならそのままでもやれる。でも金はどうしたらいい。お釣りは流石に返さなくてはいけない。そうだ、人参を買うのを辞めればいいのだ。私はあまり人参が好きではない。弟が小さく刻んで入れてくるものだから無理して食べてはいるが。人参を元の場所へ戻し、プレーンのビスケットを買い物籠へ。そのまま会計を済ませ、気づけば私は走り出していた。
先程の場所にまだ在る段ボール。中を覗くと先程と同じように仔犬は震えていた。私を見つけるとまた擦り寄って来た。私は買ったばかりのビスケットの箱を開け、それを小さく砕いて仔犬にやった。仔犬は喜んでそれを食べた。こら、掌まで舐め回すんじゃない、くすぐったい。
わん、後ろから今度は普通の鳴き声が聞こえた。先程の親犬だ。
「お前も、食べなさい。」
親犬に大きめに砕いたビスケットをやると、親犬はそれをくわえたが噛み砕いて更に小さくして仔犬にあげてしまった。いくつ親にやっても、同じように仔犬にあげてしまうのだ。仔犬がお腹一杯で食べなくなっても、そうしてしまう。なんて子ども思いなのだろう、私の父にも見習ってもらいたい。
それにしても困った、親犬は強がってはいるものの今にも倒れそうな程痩せ細ってしまっているのに。何か、食べさせないと。
「...ついて来なさい、」
何を言っているんだ、そんな事をしては弟に怒られる。否、もう怒られてもいい。
仔犬を抱き上げると、親犬も自然についてきた。歩いているうちに仔犬はお腹一杯で眠くなってしまったようで、私の腕の中ですやすやと眠ってしまった。
家に帰宅、親犬に玄関で待っていてもらい、仔犬をそっとタオルでくるみ奥の部屋で寝かせる。もう一枚タオルを出し、濡らしてそれで親犬の足を拭いた。どうぞ、と手招きすると、親犬は申し訳なさそうに入って来た。
「お前が食べなさい。」
ビスケットをやると、親犬は仔犬が眠っているのを確認してやっと、それを口にした。やはりお腹が空いていたのだろう、あっという間にビスケットは無くなった。
...さて、どうしたものか。時刻は丁度昼頃、私もお腹が空いた。弟の作ったサンドウィッチを食べながら考える。今更、食ったらさっさと出ていけなんて酷な事、できる訳がない。したくない。
犬の方に目を遣ると、親犬が仔犬に寄り添ってウトウトしていた。見ていたら何だか私も眠くなってきた。
これからどうするかなんて、家族が帰って来てから考えれば良いでしょう。
起きてから放りっぱなしだった布団を持ってきて、私も犬たちの隣で横になった。




行ってらっしゃいから
お帰りなさいまで!




「ただいま、帰りました。」
『キャン、キャン!』
「!!?」

弟に叱られた後に、飼っても良いですよ、と嬉しい返事をもらうまで、あと少し。

「お帰りなさい、ランス。」






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む....無駄に長い....!
今後、アポロさんがどんどん犬とじゃれ合ってランスさんが嫉妬します←



20091019

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あきゅろす。
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