突然









ぼとり。

あたしは食べていた朝ご飯の主食であるトーストを、思わず床に落としてしまった。
長い机を挟んで、あたしの前に座っているお母さんが「まあまあもったいない」と言いながら、困ったように笑っている。
そのお母さんの右隣に座っているお父さんは、いつもより堅い表情を崩さずに目玉焼きを食べていて。
そんなお父さんの正面、あたしの左隣に座っている我が弟・有人は、食べようとしていたソーセージにフォークをぶっさしたまま、行動をストップさせていた。

あたしの頭は鈍器で殴られたかの様に、思考回路停止状態。
体も麻痺したかのように思うように動かない。
あたしは只、床に落ちたトーストに目もくれず、お母さんを凝視するしかなかった。

……そもそも、何故こんな状況になってしまったのだろうか。
原因は、お母さんの発言にあった。



「………お母さん………今、何て言った……?」



あたしは顔を引きつらせながら、お母さんに質問した。
固まっている自分の体を無理やり動かし、床に手を伸ばしてトーストを拾う。
冷や汗が背中を伝った。
そんなあたしとは対照的に、お母さんは「にこにこ」と言う効果音がつきそうなぐらいの笑顔を咲かせ、嬉しそうな声でこう言った。



「だから、ね、名前ちゃん。あなたにお見合いをしてほしいの!」



ぼとり。
あたしは再び、手に持っていたトーストを床に落とした。

………………お見合い!?



「母さん!?い、いきなり何を言い出すんですか!!?」



あたしの隣から、ガタン!と勢いよく椅子から立ち上がる音が聞こえた。
それと同時に、焦ったような怒ったような有人の声が耳に入ってくる。
ピクリ。
お父さんが少し、眉間にシワを寄せた。



「なぁに、ゆーちゃん。お母さん、何か変なことでも言ったかしら?」



お母さんが黒い笑みを浮かばせ、有人を見つめる。
(お母さんが有人のことを「ゆーちゃん」と言う時は、お母さんの機嫌が悪いという、ちょっとした証拠だ)
有人はそれに少し怖じ気ついたようだが、すぐにお母さんに反論し始めた。



「変なことって……!名前はまだ中学2年生ですよ!?結婚するには、少し早過ぎなのでは…」

「…あら、やぁねーゆーちゃん。お見合いって言っても、今すぐ結婚するわけじゃないのよ?」

「し、しかし……!」



いつもなら絶対にお母さんの言うことを聞くはずの有人が、ここまで反論するのは珍しい。
こんなこともあるのだと、あたしは少し関心した。

そんな二人が言い争っているのを横目で見ながら、あたしはふと時計を見る。
短い針が、8を刺していた。



「やばっ!学校に遅刻しちゃうー!ごちそうさまでした!!」



あたしは床に何度も落としてしまったトーストを、空のお皿に乗せる。
椅子から立ち上がり玄関へ向おうとすると、お母さんが「学校から帰ってきたら、話の続きよ」と言ってきた。
振り向くと、いつもの堅いお父さんと笑顔のお母さん、それと、複雑そうな表情をしている有人が目に入る。
お母さんの言葉に適当に頷き、3人に「行って来ます」と言うと、あたしはダイニングルームを飛び出した。

玄関で黒色のローファーを履き替え、鞄を持ち直す。
そしてやたらでかい玄関扉を開け、家の前に待機していたリムジンに滑り込んだ。
運転手にこう伝える。



「お待たせ!雷門中まで、お願い!」



あたしの言葉に、運転手は何も言わずに微笑むと車を出した。
あたしはゆっくりとスピードを上昇していく運転手から、景色がどんどん変わっていく窓に目線を移す。

頭の中では、先程のお母さんの言葉がリピートされていた。



『名前ちゃんにお見合いをしてほしいの!』


「お見合い、かぁ」



ポツリと、あたしは呟いた。
あたしだって、『鬼道』の名を背負っている者だ。
いつかは、こういう日がくると思っていた、けど。



「あたしにも、お嫁さんになる日がくるのかな」



小さい頃見たことがある、綺麗でまっ白なウェディングドレスに身を包んでいるあたしを想像してみる。
………あまり、しっくりこなかった。



それは突然的なお話


(…………っていうか、お見合いの相手は誰なんだろう。)



090422/晴飛









第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!