君が好きだから無敵
2
翌日、クラリスはルームメイトにドラコ一行を加えた8人で朝食を取っていた。
ヨーグルトを食べている最中、ドラコが突然おかしな挙動で気絶するまねをするものだから、クラリスはうまく飲み込み損ねてごほごほ激しく咳き込む羽目になった。
「いきなりやめてよ!」
「ああ、悪いなクラリス。でも傑作だろう?ポッターの真似だ」
ドラコの真正面ではパンジー・パーキンソンがおかしくてたまらないというように涙を流しケラケラと笑っている。
「・・・・・・・・」
クラリスはきゅっと口を閉じた。
あのときのハリーより今のドラコの方がよっぽど不格好だと言うことを伝えるべきか否か思案していたのだ。
しばらく言葉を模索した結果、クラリスはノーコメントを貫くことに決めた。
散々笑い転げていたパンジーが、突如クラリスの後ろの方へ目を向けた。
「あーら、ポッター!」
パンジーは嫌らしい笑みを浮かべながら甲高い声で呼びかけた。
「ポッター!吸魂鬼が来るわよ。ほら、ポッター!うぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
振り返ったクラリスは、ハリーが鋭い目付きでパンジーを睨み付けるのを見た。
クラリスは小競り合いの雰囲気を察知し、おかしそうに笑っているスリザリン生を大広間から追い出した。
「ねえクラリス?」
次々とスリザリン生を退室させるクラリスにパンジーが小さな声でこっそりと呼び掛けてきた。
「どうしたの?パンジー」
「あのね、私、もう少しドラコと2人で話したいの。このままもう少し遅れて来てもらえるかしら」
「え?それはいいけど・・・・」
パンジーの意図が読めずクラリスは不思議そうに首を捻ったが、パンジーは嬉しそうにお願いね!と言い残しドラコの隣へ戻ってしまった。
そうしてスリザリンの一団が大広間から戻っていると、向かいからスネイプがやって来た。
先を歩いていたドラコ達と軽く会話し、次いでクラリスの方に歩いてくる。
久々に見るスネイプの顔があまりにも険しいのでクラリスは一瞬怯んだが、いつものことだったと思いだし気にせず挨拶をした。
「こんにちわ、スネイプ先生」
スネイプは無愛想ではあるが、スリザリンの寮監督であり、ドラコにとっては最も敬愛する先生だ。
クラリス自身、去年から大分世話になっていることもあり信頼は厚い。
「こんにちわ諸君。有意義な休暇になったかね・・・・?」
静かなトーンでスネイプが尋ねる。
クラリスは嬉しそうにスネイプに特訓の成果を話した。
「先生、僕、休暇中にドラコと一緒にあのノートの呪文を練習したんです!まだ完璧とはいかないけど、去年と比べてとっても上達しました!」
「ほう、勤勉なことだ、Mr.エルブレル。スリザリンに5点差し上げよう」
スネイプは満足そうに目を細めた。
それを見てジャックが対抗するようにバッと手をあげた。
「先生!!僕も欠かさず予習復習をしました!!魔法薬の基本的な材料の下準備は完璧です!!」
「さすが我がスリザリン寮の2年生。なんとも頼もしい・・・・。その成果はぜひ授業で見せてもらうことにしよう。グリフィンドール生の手本となってやりたまえ」
「はいっ!!」
スネイプのその言葉に、ジャックは敬礼でもしかねない勢いで返事をした。
スネイプは来たときよりも機嫌よさそうにその場を去っていった。
その背中を見送ったあと、クラリスは困った顔でジャックを見た。
「ジャック、どうするの?ハードルを上げちゃったよ・・・・」
「問題ない」
ジャックは自信満々に言った。
「さっきの言葉に嘘はないよ。今年は完璧に君をフォローしてみせる!」
「僕が失敗するのは前提なんだね」
クラリスが不満げに言った。
他のルームメイトたちから特に弁解は入らなかった。
結局その日、ドラコの隣はパンジーが陣取っていたので、クラリスは夕食の時間の今まで、ドラコとまともに話が出来ていなかった。
始業早々問題が起きませんように、と祈りながらドラコを待つクラリスのもとに、無情にも、ドラコが魔法生物学の授業で怪我をしたことが伝えられた。
クラリスは弾かれた様に立ち上がると脇目も振らず医務室へと駆け込んだ。
「ドラコ大丈夫!?」
「クラリス・・・・」
ドラコは右腕に包帯を巻き吊っていた。
その顔はいつもより少し青ざめて見える。
クラリスの目にぶわっと涙が浮かんだ。
「ああ・・・・ドラコ、大丈夫なの?いっぱい血が出たの?痛い?痛いよね・・・・。ああどうしよう・・・・どうしてこんな・・・・」
クラリスはドラコの姿にショックを受けたのか、混乱したように頭を抱えてベッドのそばに崩れ落ちた。
おいおいと泣き出すクラリスにドラコが困ったように声をかける。
「しっかりしろクラリス。僕はなんともない。少し腕を裂かれただけだ」
「ほんと・・・・?」
「ああ、すぐによくなる。だから・・・・」
ドラコはそこで言葉を止めた。
医務室のドアが開いたのだ。
「お薬預かってきたわよ、ドラコ」
「知らなかった。お前ってそんなに足が早かったんだな、クラリス・・・・」
グラスを持ったパンジーと、クラリスのルームメイト達がゾロゾロと中に入ってきた。
「ありがとう、助かるよ・・・・」
弱々しい笑顔で返すドラコを尻目に、クラリスはごしごしと目を擦りつつ、ルームメイトを置いて一人で駆けてきてしまったことを思いだし顔を赤くした。
「・・・・ねえ、一体生物学の授業で何があったの?」
気持ちが落ち着いたあと、クラリスは不安そうに眉尻を下げながらパンジーへ尋ねた。
ドラコは余計なことを言うなよとパンジーに目配せしたが彼女は全く気づかなかった。
パンジーはハグリットがピッポグリフという猛獣を連れてきたこと、ドラコは果敢にもそれを手懐けたが一瞬の隙をつかれその猛獣の歯牙にかかってしまったことを話した。
パンジーから怪我した経緯を聞きながら、クラリスはその眉間に深くシワを刻んでいった。
「・・・・わかった」
ハグリットが如何に教師に向いていないか語るパンジーを、クラリスはどこか据わった声で遮った。
「ちょっと行ってくるね」
短くそう告げると、クラリスは固い顔で医務室を出た。
残された者はみな目を点にしてドアが閉まっていくのを見つめた。
ルームメイトの中では一番クラリスの身を案じていたアギですら、完全に凍りついてそのままクラリスを見送ってしまう。
「え?なんでクラリスキレてんの?マルフォイがパーキンソンにデレデレしてたから?」
「そんなわけないだろ」
ドラコはクラリスの出ていった扉を眺めながらムスッとした声で返した。
痛みがぶり返したと思ったのかあたふたするパンジーを制しながら、ドラコは幼少の頃の記憶を思い出していた。
当時、ドラコとクラリスはまだ6歳と5歳だった。
幼い2人が遊んでいると、こちらに向かってめちゃくちゃに吠える野良犬が現れた。
犬としてはかなり大柄で、体重も大方クラリスとドラコの分を足した位はあっただろう。
真っ黒な毛並みは砂ぼこりでボサボサと汚れている。
自分の後ろで怖がるクラリスに、ドラコは自分がどうにかしなければと必死に犬を追い払おうとした。
「クラリスがこわがってる!ほえるのをやめろ!」
懸命に叫んでも全く怯まない野犬に、ドラコは手近な石を拾い上げて投げつけた。
「とっとときえろ!このきたないバカ犬め!!」
「だ、だめ、ドラコ・・・・!」
犬は攻撃を仕掛けて来たドラコに向かい大きく唸ると、後ろ足を蹴って勢いよく飛び付いてきた。
ドラコに馬乗りになり、咄嗟に出たそのか細い腕に噛みついた。
「あああああああ!!」
「ドラコ!!」
クラリスの目の前でドラコが引き倒され、襲われている。
「あ・・・・あ・・・・」
そのあとすぐに、泣き叫ぶ2人の声を聞いた近隣住民が駆けつけて事態は終結した。
けれどドラコはいまだに覚えている。
ひく、としゃくりあげながら、自分を襲う野良犬目掛けて、持ち上げるのもやっとな程大きなシャベルを精一杯振り上げたクラリスの姿を。
思えば、それがクラリスの魔力の発現かもしれなかった。
ドラコの怪我は幸い大したことはなかった。
けれど心に負った傷はそれなりに深く、クラリスは犬が大の苦手になった。
噛まれたドラコはというと、何かが切れてしまったようなクラリスの姿の方が衝撃的すぎて犬への恐怖は薄れていた。
ドラコはそんな恐ろしい過去を思い出し、さっきのクラリスも同じ雰囲気だったな・・・・と青い額に手を当ててため息をついた。
「これからは気を付けるよ・・・・。僕が怪我するとクラリスが泣くからな・・・・」
クラリスが不在の中、珍しく反省の言葉を述べるドラコに、みんなは事態が飲めず困惑するばかりであった。
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