小説 第四話(R15) 蛇神と節子の傍まで遣って来た黄蛙も、先程の蛙達と同じように日本語を喋った。 「簡単な食事の用意が出来ましたけども」 蛇神は一度節子ににこりと笑んでから、その蛙に向き直った。 「セツの分も用意してあるんだろうな?」 「へえ、あります」 「そうか、ご苦労」 きょとんとしたままの節子の手を再び取り、蛇神はまた歩き始めた。 何処へ行くつもりなのだろうか。 「あの、何処へ?」 「私の社に招待しよう。 まずは腹ごしらえだ」 「え、でも私」 「塾とやらで遅くまで勉学に勤しんでいたのだろう? 頭を使えばお腹も空く。 少し食べて行きなさい」 返事をするまでもなく、蛇神は強引に節子を連れて行く。 先程の野球帽を被った子達といい、この蛇神というおかしな青年といい、何故皆は節子を何処かへ引っ張って行くばかりするのだろうか。 そういえば、その帽子を被った子達の行方も未だ知れない。 此処が節子の夢の中ゆえに、一緒に入って来る事が出来なかったのだろうか。 今頃、無事家に帰っていればいいのだが。 蛇神は、殿舎の中央から中へと入って行った。 仕方がないので、節子も誘導されるまま追従した。 中に入れば、其処にはまた違った世界が拡がっていた。 外観にも負けぬ日本古来の住居洋式が蟄居していた。 平安時代に天皇が住んだといわれる清涼殿に近いだろうか。 まるでタイムスリップしたような錯覚に陥ってしまう。 豪華絢爛な障子があった。 金箔を惜しみなく使い、青年の着物と同じような蛇が描かれている。 丸柱も太く立派だ。 御簾(みす)も一体何で編まれているのだろうか、非常にきらきらと発光している。 蛇神の後を付いて行く途中で、見知らぬ男を見た。 肌の浅黒く白髪の、なかなかの美青年だ。 蛇神が中性的で絶対的な美しさを持っている者と表現するならば、この浅黒い男は危なっかしい魅力を持つ男だった。 蛇神ほどではないが、長い髪を頭部上方で束ねている。 目はきゅっと吊りあがっており、まるで狐のようだ。 眉も短い。 衣装は、軽装した旅人のようだった。 引廻し合羽というのだろうか。 派手な色をした小袖に、レギンスのような洒落た股引。 笠は持っていなかったが、代わりに琵琶を手にしている。 その男は、ちらと蛇神と節子を見ただけで、何一つ言葉を発さなかった。 蛇神もそれを知っていたかのように通り過ぎる。 節子は、引っ張られている腕にちょいと力を入れてみた。 蛇神はすぐに振り返ってくれた。 「どうしたんだい」 「あの、さっきの人は」 「さっきの人?」 蛇神は節子の指す先を振り返り、「ああ」と頷いた。 「あれは黒狐だ」 「黒狐?」 「その名の通り、黒い狐だよ。 本当の名が他にもあるのかもしれないけれど、面倒だから私は聞いていない。 住まう所が無いらしいから、居候させてやっているんだ」 節子達の視線を気にする事もなく、黒狐という男はぼろんと琵琶の弦を弾いた。 耳に心地良い響きだ。 その音を遮るように、また目の前に新しい蛙が現れた。 今度は緑色の蛙だった。 サイズは些か大きいが、色だけ見るならば通常の雨蛙と表現してもいいかもしれない。 「蛇神様、赤蛙の事なんじゃけどのう」 緑蛙は、申し訳なさそうに口を開いた。 蛇神は、節子に向けるものとは全く異なる顔付きに戻し、蛙を見る。 表情だけではなく、言葉遣いも随分違うようである。 「セツと話している時に割り込むとは、本当に蛙共は出歯亀揃いだな」 蛇神は、節子に対して優しい顔で、優しい口調で語り掛けてくれるが、蛙に対してはそうではない。 厳しい顔付きで、厳しく接する。 「申し訳ねえですが、そろそろ赤蛙を離してやってくれませんか」 「赤蛙? ああ、そういえば縛ってそのままだったか」 「そろそろ解放してやってくれねえと、赤蛙も内臓を吐き出してしまいそうで」 「それはいい。 さっさと吐き出した方が、いい干物になるだろうよ」 蛇神の科白に、緑蛙は小さく悲鳴を上げた。 それが面白かったのか、くつくつと笑った蛇神は、また歩を進め始めた。 最終的な行き先は、然程遠くなかった。 どうやら蛇神が日頃生活している空間のようだ。 蛇神は、此処が朝餉間(あさがれいのま)だよ、と教えてくれた。 簡単な食事を摂る際に使っているらしい。 畳詰めの小さな一室だった。 四方には煌びやかな屏風。 食器棚となる厨子(ずし)は重厚な趣のある木製である。 中央にある褥(しとね)の上に腰を下ろした蛇神は、節子にも座るよう命じた。 褥の前には、節子専用らしい座布団が敷かれている。 節子は、言われるがままに腰を落ち着かせた。 すると、上方からげろげろと蛙の鳴き声が聞こえてきた。 見上げてみれば、赤蛙が紐のようなもので吊るされている。 先程、緑蛙が言っていたのは、この事なのだろうか。 蛇神がぱちんと指を鳴らすと、蛙を縛っていた紐がぷつんと切れた。 赤蛙は、無様な音を立て、節子のすぐ近くに落ちて来た。 節子は蛙が特段苦手な訳ではなかったが、その矢庭な事にまた悲鳴を上げる事となってしまった。 赤蛙が、よたよたと顔を上げる。 「急に落とすだなんて、酷えですが」 蛙の恨み言に、蛇神がついと片眉を持ち上げる。 唇には意地悪そうな弧まで描かれている。 「では、そのまま干物にしてしまった方が良かったか?」 蛙は、「とんでもねえ!」と叫んで返した。 先刻からどうも蛙に対して虐待やら罵詈雑言やらが目立つ蛇神だが、よく観察してみれば蛙の方も蛇神を悪く思っている風も無いようだった。 手酷く扱われているのは事実だが、それを承知で主に仕えているようである。 蛇神も、蛙達を虐げているというよりは、からかっている素振りの方が色濃く見える。 よく分からない主従関係だ、と節子は一人納得した。 時に蛙が可哀想な事もあるが、見ていて飽きない。 節子は、行儀よく正座させていた足を少しだけ崩させて貰う事にした。 しかし、その足を崩した瞬間、彼女は自身の股座の違和感に気が付いた。 おかしな事ばかりが続くせいでとんと忘れてしまっていたのだが、節子は今日より月経週間に入ったのである。 塾の時より更に染み出ている経血が、下着をじんわりと湿らせている。 夢の中とはいえ、やけにリアルな不快感だ。 座布団を汚してはいけないと、節子は再び姿勢を正した。 出来るものならば今すぐにでもトイレに行き、このごわごわしたトイレットペーパーを変えてしまいたい。 けれど、こんな古風な屋敷内で現代のトイレがあるかどうかも疑わしいし、何より他人の家でそのような事をするのも嫌だった。 だからといって、この目の前の青年が生理用品など持っている筈も無い。 蛇神は、すぐに節子の異変に気が付いた。 もじもじと身体をくねらせるばかりしていたのだから、それも当然の事だったのかもしれない。 元より整っている切れ長の目を一度伏せた蛇神は、赤蛙にこの場から去るように命じた。 食事の用意も、暫く待てと付け加えた。 蛇神の言葉に不審がった節子は、身体を強張らせたまま表情だけで相手の真意を問うた。 ふと蛇神が笑う。 「気持ちが悪いなら、脱いでおしまい」 彼から発せられた事の意味が分からなくて、「はい?」と聞き返す。 蛇神は始終持っていた扇を閉じ、畳の上に置いた。 「股座が気持ち悪いのだろう? だったら、脱いでしまえばいい」 「え?」 「そんな簡易の紙切れなどで血の全ては抑えきれまい。 私が直に啜ってあげよう」 節子は再び「え?」と返した。 声が上擦っていた。 何故、節子が月経だと分かったのだろう。 何故、下着の中にあるトイレットペーパーの存在まで知っているのだろう。 節子はただ、身体を不自然にくねらせていただけだというのに。 だが、そんな節子の疑問符などお構いなしに、蛇神は半身を起こし、節子の方へと近寄ってきた。 どきりとして逃げようとするも、もう遅い。 節子の両脚はがしりと掴まれ、そのまま高く持ち上げられてしまった。 出会って間もない男の前に、己の股を曝け出す。 しかも、経血が出ているというのに。 節子は、恥ずかしいやら怒りたいやらで困惑した。 慌てて相手の腕を払おうとしたが、その手の力も異常に強い。 男だからか、或いは本当に神らしい存在だからかは分からないが、とにかくびくともしない。 節子がわあわあ騒ぎ立てても、蛇神は何処吹く風だ。 トイレットペーパーをふんだんに敷き詰めた節子の下着すらも、簡単に剥ぎ取ってしまった。 己の下肢が突然外気に晒され、節子は泣きそうになった。 恥ずかしいという思いを通り越して、恐ろしさで一杯になった。 節子には、男女の経験など一度も無い。 キスだってした事が無い。 このような戯れも、いつだってブラウン管の中の話だった。 己とは無関係だと思っていた。 それが、こんなタイミングで訪れるだなんて。 恥ずかしくて、恐ろしくて、意味が分からなくて、とにかく発狂しそうだった。 最後の抵抗とばかりに、手足を思い切り動かし、じたばたと身動ぎする。 「誰か助けて!」 根限り叫んで、誰かが来る事を祈った。 そういえば、先程、黒狐とやらが居たではないか。 蛙達も数匹居たではないか。 その誰かが助けに来てくれるかもしれない。 正義感溢れる者が居るかもしれない。 こんな時に、警察も何をしているのだ。 此処で善良な市民が困っているというのに。 これだから公務員は嫌なのだ。 パニックの余り、訳の分からない思考で一杯になった。 このまま殺される、とさえ思った。 こんな所で強姦されるだなんて、思ってもみなかった。 いや、此処はそもそも夢の中なのだから、それもただの己の妄想の一環なのだろうか。 沢山の事を一度に考えながらも、節子は助けを呼んだ。 しかし、誰一人として現れる事は無かった。 そもそも此処はこの強姦魔の屋敷の中だ。 全ての者がこの男の手先なのだとしたら、節子を助けてくれる筈も無い。 警察は、消防隊員は、自衛隊は何をしているのだ。 探偵は、大統領は、世界は何をしているのだ。 恐怖の余り、節子の思考回路は益々破壊されていく。 誰でもいいから、とにかく助けて欲しかった。 だが、その思いも無情に砕け散る事となった。 経血だらけの節子の股座に、蛇神が顔を寄せたのだ。 まず最初に、ぬるりとした感触があった。 経験が無い節子でも、直接舐められたのだと分かった。 男の舌は、ゆるゆると動く。 血液が付いている場所を清めるように、ナメクジが這う動きを見せた。 事実、彼は血だらけの彼女の下肢を己の舌で綺麗にした。 最初は太股の脇から。 もはや乾いてしまっているのか、血の所々はからからになって皮膚にこびり付いている。 その乾いたものすらも、唾液で溶かし、拭い去っていく。 ほんの少しの染みも残さぬよう、丁寧な舌使いだった。 そのまま上へ上へと上がっていく。 女の一番敏感な場所まで這い上がっていく。 つんと小さく立ち上がった下肢の突起に、男は優しく舌で触れた。 その瞬間、節子の背中にびりびりと電気が走った。 男は、その突起の皺の数を数えるかのように丹念に舐めてくれた。 よれてしまっている所は、指でそっと開いてまで拭われた。 時折、いたずらに唇でくわえ込まれた。 くわえ込んだまま、ちゅうと軽く吸われると、更に強い電気が走った。 びくり、びくりと腰が浮く。 足がふるふると痙攣する。 最後に、男は節子の血液が直に出ている場所まで舌を運んだ。 もはや経血だけではない汁も僅かに出ていたが、それも綺麗に舐め取った。 そして、舌先で膣口の入り口を突いた。 節子は、得体の知れない初めての感覚に、ただ身体を震わせた。 目には涙が浮かんでいる。 両手で口を抑えて、湧き出て来るおかしな声を抑えるだけで精一杯だ。 男は、ついに舌を節子の内部に捻じ込んだ。 ぬるぬるしたものが体内に入り込んできて、節子は堪らず悲鳴を上げた。 自分でも把握していなかった場所の肉壁を抉られる。 痛みはなかったが、不快感は大いにあった。 頼むから止めてくれと哀願するが、男は止める素振りを見せない。 それどころか、益々強く舌を捻じ込んでくる。 下肢に彼の吐息が掛かった。 それ程までに近く濃厚に愛玩されているという事実が、節子のまともな感覚を取り去っていく。 己の股座など、自分でもまじまじと見た事が無かった。 況してや月経を迎えている時など、もっての他だ。 我慢が出来なくなって、節子はぼろぼろと涙を零した。 嗚咽が漏れた。 快感とは些か遠かった。 恐怖ばかりが先行して、大した感情も拾えなかった。 じゅるじゅると己の体液が啜られている音が、耳に煩わしい。 自身の泣き声も、鬱陶しいだけだった。 両親の顔が浮かんだ。 潤んだ視界で天井を見詰めたまま、節子は「御免なさい」と呟いた。 TO BE CONTINUED. 2009.01.16 [*前へ][次へ#] [戻る] |