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小説
第三十三話(R15)
蛇神が浴衣を脱がしてくれた。
肌が容易に彼の前に曝される。
蛇神の前で裸になるのも、もうこれで何度目だろう。
恐らくそれなりに数を為した筈なのに、未だ恥ずかしい。

数度、唇を啄ばんでから、首筋に吸い付かれた。
ちくりとした痛みも、彼から与えられているものだと思うだけで幸せだった。

優しい掌がやんわりと胸に触れる。
心成しかやや冷たいようだが、それさえも心地良く感じる。

「怪の連中に弄られていた時は、どうだった?」

胸の頂きを爪で弾きながら、意地悪な問いをされた。

彼の指が動く度に、小さな電気がぴりぴりと背筋を走る。
身体が快楽を拾っているのだと分かった。

先程、農夫達に好き勝手されていた時とは雲泥の差だ。
好きな相手に触れられていると思うだけで、こんなにも違うものだろうか。

「怖かったです」
「気持ち良くは無かった?」
「はい」

正直に答えれば、彼は「まあ、そうだろうね」と応えた。
まるで最初からそうなると分かっていたようだ。

「どうして分かるんですか?」
「私がそうさせていたからだよ」
「蛇神様が?」
「私は嫉妬深い蛇の神だ。
出雲にいた間、私以外の手管では快が拾えないよう細工している」

蛇神はさらりと言いのけた。
悪意など全く無く、それがさも当たり前の事だと言わんばかりだ。

だが、節子はどうしてそんな事をされたのか分からない。
喋りながら身体を弄られているので、会話に集中も出来ない。

「どうして、そんな事を」

「したんですか?」と聞きたかったが、左胸の頂点を強く摘まれたので、言葉にならなかった。
代わりに、あられもない声が漏れた。

腰がひくりと浮く。
下肢の中心部も、ずくりと疼く。

「嫌だった?」

蛇神が無表情で問うて来た。
節子は力なく首を横に振った。
もう何か言葉を発する事など出来ない。

蛇神に執着されるのは、嫌ではない。
もう家に帰るなと言われた時は流石に困ったが、今は惚れた弱みだろうか、それ以外の束縛であれば嬉しい気さえもする。
先程、頑なに官能に溺れる事が出来なかったのも蛇神のせいのようだが、それさえも迷惑だと思わない。
それだけ彼が自分を想ってくれていたという事実は、不快でないのだ。

「私だけのものになるのならば、それくらい当然だ」

蛇神は更にそう続けた。
普段、優しくて余裕のある態を取る蛇神だが、彼は時に関白な事も言う。
神だからだろうか、或いは元々の性分なのだろうか。

蛇神が節子の胸の尖端を食んだ。
前歯で軽く齧られれば、またおかしな声が出た。
股がふるふると震える。
そんな微弱な官能よりも、もっと強い何かが欲しいとも思う。

節子の胸を弄びながら、彼の手はするすると下方へと落ちていった。
脇腹から、臍へ。
そしてまた脇腹に戻り、股の方へ。
指の腹で撫でられているだけだというのに、彼が辿ったその全ての道に熱が灯る。

内股を往復していた彼の手が、一度離れた。
そして、仰向けになっていた節子の身体をくるりと裏返した。

「そもそも、巫というものはね」

背中に口付けられた。
ひやりとした冷たい感触がくすぐったくもある。

蛇神の方を振り返ろうとすれば、すぐに制された。

「その体勢のままで聞いていなさい」

うつ伏せで居ろと言いたいらしい。
節子は素直に彼の言葉に従う事にした。

舌先で背の骨に沿って舐め上げられた。
腰を中心に鳥肌が立つ。
決して厭わしくない。
寧ろ快に繋がる。
しかし、やはり物足りないのだ。

尻たぶを撫でられた。
時折、強く掴まれた。
その度に、女の陰も反応した。
そんな中途半端な場所ばかりではなく、もっと深い所まで触れて欲しいと思った。

「巫というものは」

蛇神は、もどかしい手煉を続けるだけだ。

「そなたが言っていた通り、巫覡(ふげき)の事だ」

口も閉じない。

ただの作業だと言わんばかりに手を動かし、世間話のように言を紡ぐ。
節子だけが、その手管と言葉に振り回される。

「神を身体に下ろして神託をするし、神に授かった特殊な力を持つ者も居る。
言わば、人間と神との仲介役になる、神に近しい人間だ」

節子の勘は当たっていた。
やはり、巫はシャマンのような役割を持った人間を示すのだ。

「巫を選出する方法は様々だ。
贄とされた者の中から選ぶ場合もあるし、神自身で決める場合もある」

この話も、他の神々から聞いていたので知っている。
聞きたいのは、もっと先の話だ。

「そういえば、贄の話もしていなかったね。
贄となった者は、先程も言ったように巫になる場合もあれば、下使いの一人とされる場合もあるし、餌として食われてしまう事もある。
贄として認められなければ、先刻の怪の娘達ように、行く宛てもなく彷徨う事になるだろう。
つまり、贄となった者の行く末は、その神の采配次第なんだ」

生贄にされた娘の行き先は、神に委ねられている。
中には、あの化け物の主である女のように、報われない者も居る。
それも、今回の事件で知った。

では、己は何になるのだろう。
巫の役割はよく分かった。
だが、巫として迎え入れるつもりではなかった節子は、蛇神にとって何なのだろう。

そういえば黄蛙も、節子には蛇神を呼び寄せる事は出来ないと言っていた。
悟りを享受していないから、という理由だっただろうか。
黄蛙は、節子が正式な巫ではないと知っていたのだろう。
だから蛇神に助けを求める事が出来ないと言い切ったのだ。

「じゃあ、私は」

気が付けば、声が不安で震えていた。
恐怖とは異なる昂ぶりを感じた。

節子は巫ではない。
巫候補ですらない。
それならば、一体何の為に此処に居るのだろう。
蛇神にとって、何も必要のない無価値な存在なのだろうか。

少しでも彼の傍に居たいと思った。
彼の役に立てるのならばと。
蛇神の事が好きだった。
いつの間にか、十分過ぎる程に恋に落ちていた。

それなのに、己の存在意義が見出せない。

「そなたの目を見た時に、もう決めていた」

節子の尻たぶに軽く唇を落とし、蛇神が言った。

陰のすぐ近くに、蛇神の顔がある。
そう思うだけで、総身の熱が更に上昇する。
気分は沈んだままだ。
落ち込んでしまった内心と、肉欲に溺れて火照る身体のバランスが上手く取れない。

「私は」

蛇神は数瞬逡巡してから、ゆっくりと口を開いた。

「そなたを妻として迎え入れたかったんだよ」

両の手でまた尻肉を掴まれた。
彼が喋る度に、吐息が肌の上を滑る。
節子の身体も、ぴくぴくと小さく痙攣する。

しかし、その甘美な刺激よりも驚くべき事があった。
彼の科白そのものだ。

巫や生贄を語る際、「妻」という単語が出たのは初めてだった。
あの怨霊となった娘も、神々達も、蛙も、誰も教えてくれなかった。
勿論、蛇神自身もだ。

蛇神は、節子を嫁として迎え入れるつもりだったのだろうか。
そんなものは、初耳だ。

「つ、ま?」

驚きの余り、たどたどしく問い返した。
それを肯定するように、尻肉の天辺を軽く吸われた。

彼の手管に合わせて、尻たぶがぷるぷると震える。
実際に目の当たりにせずとも、彼の腕の中で見事に開こうとしている自分の身体の様など簡単に分かるってしまう。
恥ずかしい。

「私が敢えてそれを言わなかったのは、そなたを真の意味で縛りたくなかったからだ。
神の言葉には、よく言霊が宿る。
そうすれば、そなたの意思などお構い無しに、妻としてしまうかもしれない。
そなたの魂を抜いてでさえも、我が物としてしまうかもしれない」

「言霊」という言葉は、過去、聞いた事が無い訳ではなかった。
心霊や超常現象を語る際に頻繁に出て来る。

だが、実在するものだとは思わなかった。
蛇神は神だ。
神ゆえ、そのような事が起きても当たり前なのかもしれないが、節子にはとんと縁が薄い。

どうやら彼は節子の事を思ってこそ、嘘を吐いていたらしい。
それはきちんと理解する事が出来た。
中途半端に身体を弄られているせいで、時折意識があらぬ方向へと飛んでしまうが、彼の言う言葉の要所要所はきちんと押さえられた。

それでもやはり、本当の事は最初から話して欲しかったと思う。
今更嫌いになる訳など無いし、それならそうと、妻になる心積もりも出来た。
たとえ好きになる前だとしても、厭いはしなかっただろう。
遣り方は他にもあった筈だ。

勿論、今まで節子は自分が誰かと婚姻を結ぶ事を突き詰めて考えた事はなかった。
まだ若過ぎるだろうし、高校を卒業し、無事大学に入り、就職して、それからの事だと思っていた。

それがまさか、こんなタイミングで人ならざる者に求婚されるだなんて。
況してや、それが五歳の時から決められていただなんて。

愛する人に求婚されるのは、純粋に嬉しい。
いざ結婚となると実感が湧かないが、此処で「もう用済みだ」と捨てられるより幾分も増しだ。
神の妻となる覚悟もまだ出来ていないが、それはこれから養っていけばいいだろう。
やっていけない事も無い。

蛇神に出会うまで、こんなにも自分がプラス思考だと知らなかった節子は、また己の新しい一面を発見した。
神という非現実的な存在を心の底から許容し、あまつさえその妻となる事に抵抗を覚えなかった事だ。

こんな事を他者に言えば、「何をふざけているのだ」と馬鹿にされるだろう。
けれど、節子にとってもはや神という存在は目の前にある。
学校のクラスメイトの男子と何ら変わらない。
情を寄せる対象は、人間も、神も、怨霊も同じだ。
その妻となる事も夢物語ではない。

蛇神が両の尻たぶの間に指を滑らせた。
そのままずるずると奥に進んでいく。
陰唇を指の腹で撫でられれば、背骨が引き攣った。
この電気が走るような快楽の信号は、未だ慣れない。
与えられる度に身体が硬直し、足の爪先に不自然な力が入ってしまう。

節子の陰唇を弄んでいた彼の指に、僅かに力が込められた。
直後、その指は奥ばった場所にまでするりと侵入してきた。
陰核を二本の指で摘まれる。
そして、その指同士を擦り合わせるように甚振られた。

思考回路が切れ切れになり、節子は嬌声を上げた。
腰が自ずと動き、尻を高く持ち上げてしまった。
これでは、もっとして欲しいと強請っているようだ。
それなのに、身体の反応は止まらない。

拳をきゅっと作って、節子は来る官能の波に耐えた。
勿論、そんな事をしても、すぐに足を攫われてしまう。
快に溺れていく。

彼は節子の身体の全てを知っている。
何処にどう触れれば節子がどんな反応を見せるか、熟知しているのだ。
節子を掌で転ばせ、楽しんでいる。
百も二百も数を連ねて身体を重ねた訳でもないのに、慣れた手付きで蹂躙する。

節子の陰核を弄ったまま、蛇神は「しかし」と続けた。

「私は自分の醜さを知っている」
「蛇神様は、醜くなんて」
「いや、そなたは知らないだけだ。
私は、そなたを無理矢理手篭めにするのは憚りたかった。
私を醜いものとしか認識出来ないまま妻にしてしまうのは、やはり悲しいからね。
魂を抜き、ただの人形にするのも避けたい。
けれど、諦める事も出来ない。
だから、巫として迎え入れると嘘を吐いたんだ。
そうすれば、言霊でそなたを縛る事は無いし、時間を掛けて私を知り、慣れて貰う事も出来るからね」

蛇神がきちんと説明してくれている。
それなのに、節子は上手く返せない。
口から零れるのは、まともに日本語にならない嬌声だけだ。

雛尖を擦り合わせている指はそのままに、膣口にも指を宛がわれた。
その女陰を突かれれば、目の前に雷が落ちた。
余りに強い快楽に、精神の全てが掻っ攫われそうになる。

節子はきゅっと唇を噛み締め、何度も息継ぎを繰り返した。
漸くの思いで出した言も、切れ切れになっていた。

「巫とする、という言葉に、言霊は宿らないんですか?」
「最初から嘘のつもりで言っているからね、それは大丈夫だ。
偽りのまま周りにも触れ回ったし、そのように振舞いもした。
本当の事を言ってしまえば、そなたを縛り付けてしまうからね」

必死に喋る節子とは裏腹に、蛇神は常以上に落ち着いている。
それどころか、もう節子には喋らせる隙など与えまいとしているのかもしれない。

蛇神は、元より節子を妻とする気だった。
彼は神だ。
人間ならざる力を持ち、言霊さえも持っている。

だから、最初から「妻とする」と宣言出来なかった。
言ってしまえば最後、言葉は言霊となり、勝手に力を持ち、節子を縛ってしまう。
節子が幾ら抗おうとも、強引に妻にしてしまうのだ。
彼は、それだけは避けたかったのだと言う。

巫にする気が無いまま「巫にする」と宣言しても、それはただの虚言だ。
嘘は言霊になり得ない。
しかし、堂々と節子を傍に置いておく事は出来る。
周りの誰かに取られてしまう前に唾を付けておくようなものだ。

言霊を使わぬよう、密かに節子に拒否権を与えていたのは、彼なりの気遣いだろう。
束縛しているように見せて、その実、自由にさせている。
全て彼の優しさだ。

節子は、彼の隠されていた想いに何も返せなかった。
すると、女陰の入り口を突くだけだった指が、不自然な動きを見せた。
その直後、下肢にぴりりと小さな痛みがあった。
彼の指を体内に入れられたのだ。

「私がそなたに対する想いを明確に言わなかったのも、その為だ。
神が一人の人間を愛すれば、その人間は後戻り出来なくなる。
そなたにそんな想いなどさせたくなかったんだよ」

神に執着された人間は、その神に自由なく捕らえられてしまう。
言霊が働き、神に仕える以外の選択肢を奪われる。

蛇神は節子を気遣って嘘を吐いていた。
だが、そんな心入れなど意味がないほど、心も身体も、もう彼のものだ。
自分は自分のものだと思っていたのも、遠い昔のようだ。

「私は、そなたの意思で歩み寄って欲しかったし、傍に置いておきたかった」

蛇神の指が、ずんと深くまで突き刺さった。
また下腹部にちりちりした痛みが走った。
小さな杭を突き刺されたようだ。

だが、陰唇を弄っていた指が動けば、その痛みもあっという間に消えてしまった。
それどころか、痛みが痒みへと変化した。
雛尖から広がったむず痒さは陰全てへと拡がり、そこから下肢全体へ、そして総身へと伝染していく。

中でも膣口が一際大きな変化を見せた。
じわじわと痒くなっているというのに、これ以上彼を放したくないと強く収縮している。
彼の指を飲み込もうとせんばかりだ。

自分ではコントロール出来ない程の大きな快楽に、節子は戸惑った。
彼が体内で指を動かす度に、節子自身の汁の音がした。
自分のものだとは到底信じたくない、濫りがわしい音だ。
鼻に衝く臭いもある。

後少しで何かが弾けると思った瞬間、指を引き抜かれた。
大きなミミズが矢庭に蠕動運動を始めたようだった。

無くなってしまった快に、節子はまた困惑した。
振り返り、蛇神を仰ぎ見る。
彼は節子の体液が付いた指を舐め取っていた。

淫らな場所に埋め込み、溢れ出た汁を味わわれるだなんて、羞恥な事この上無い。
頬がかっと熱くなる。

汁を全て拭った蛇神が、節子の身体を抱き起こした。
それから、胡坐を組んだ彼の上に横抱きにされた。

節子の胸元は先程の快楽に熱を灯され、ほんのり薄紅色に染まっていた。
快楽に溺れた身体は、随分と血の巡りを良くさせたようだ。

おずおずと蛇神を見上げる。
彼が、能面の顔をほんの僅かに歪ませる。

「神には人間のような男女特有の情は無い。
だが、その魂の清廉さに強く惹かれ、我が物としたい気持ちはある。
寧ろ、それは人間達よりも貪欲なものだろう」

かっかと火照ったまま、節子は彼の言う事を聞いていた。

神に恋愛感情が無い事実は初めて知った。
それならば、何故節子を妻に、と思ったのだろう。

「たとえば、そなたの髪一本とて誰かにやりたくはないし、血一滴すらも惜しい。
出来るならば、そなたの身体をそのまま食らって、私の体内に宿してやりたい程だ。
分かるかい?」

節子が抱いた疑問はそのままに、蛇神は続ける。

「食らってしまいたい。
だが、食らってしまうのも惜しい。
それならば、せめて妻にと」

蛇神の目が切なげに細められる。

節子は、神がそこまで執着心の強い存在だとは思っていなかった。
どちらかといえば、淡白な印象さえある。

しかし、人間という枠を超えた存在だからこそ、情も人間より遥か彼方を行っているのかもしれなかった。
人間とて、一定の生き物を可愛がり、想いを追求した結果、行きつく先はカニバリズムだという。
ただ想い、語り合い、触れるだけでは満足出来ず、いっそ殺して食ってしまいたいと願うようになる。
誰にも取られないように、己の体内に取り込んでしまうのだ。
そして、言葉通り一心同体となる。
それが究極の愛情なのだ。

蛇神は、己の事もそういった対象で捉えていたらしい。
節子は覚束ない思考で、ただ蛇神の顔を見詰めた。
恐怖は感じない。

美しい容姿、優しい声、整い過ぎたその存在。
何もかもが完璧を為した彼の瞳の中に、裸を曝け出した節子が映る。

「さあ、セツ。
目を閉じないようにね」

蛇神が薄く唇を和らげた。
だが、笑っている訳ではなさそうだった。

蛇神の皮膚が、みるみる素色と霞にくすんでいった。
節子を映していた蒼い眼も、泥のように濁る。
すると、彼から漂っていた桜の香も、ふつりと消えてしまった。





TO BE CONTINUED.

2009.04.30

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