小説
第三十話(R18)
「どうだ、余の記憶は」
視界が開けば、女と農夫達が居る場所に戻っていた。
口内には男達の男根があるし、股座にも突き刺さっている。
身体中に掛かった精液は、先程より量を増している。
だが、これも誰かの記憶の一部なのだろうか。
生贄にされた者の中には、男達に輪姦された者も居たと言っていた。
節子はこの世界を基盤とし、此処から色んな記憶の旅をしていたのかもしれない。
先刻見た桜の花弁は消えていた。
やはり幻だったのだろうか。
或いは、あの記憶の中でたまたま出て来ただけなのだろうか。
どちらにせよ、あの桜だけが、数々の凄まじい記憶の中で優しい色をしていた。
燃え盛る炎や、底の無い沼、打ち込まれた杭、引き裂かれた四肢。
沢山の痛みや苦痛を為すばかりの世界で、唯一その花弁だけが美しかった。
今、肉茎を差し込まれた女の陰には、痛みと共に妙な感覚がある。
異物感と嫌悪感だ。
他人の身体の一部が体内に入る事がこんなにも気持ち悪いとは知らなかった。
蛇神の時は、後穴とはいえ一体感があった。
奥に押し入れられた時は、蛇神に寵愛されている事実を嬉しくも思った。
相手が想い人であるかどうかで、こんなにも感覚は異なるらしい。
快感とも程遠い。
後口に指を入れていた農夫が、己の肉芯を宛がい始めた。
陰が塞がっているので、後穴を犯そうと思っているようである。
一度に二人の肉棒を下肢に埋め込むだなんて、到底無理だ。
入る筈が無い。
それなのに、その男は強引に押し入ろうとする。
結局、節子は口を塞がれ、女の陰を犯され、後口さえも封じられた。
身体の穴という穴全てに男根を入れられた。
口が塞がれば、息がしにくい。
膣と後穴に同時に抜き差しされれば、腹が圧迫される。
苦しかった。
やはり、官能の端など何処にも無い。
ただ乱暴に身体を弄られるだけで、痛みしか伴わない。
尻たぶを強く掴まれ、ぱちんぱちんと肉を打たれた。
顎に力が入らなくなり、口内からは沢山の男達の精液が零れた。
恐らく、股座からも溢れているのだろう。
農夫達は皆、一頻り腰を動かしたかと思うと、小さく呻き、節子の体内で痙攣している。
吐精したものは全て中で出されているのだと分かった。
だが、それに抵抗する事も出来ない。
身体は未だ縛られているままだ。
とめどない苦痛に流され、ただ身体を揺さぶられる。
せめて少しでも官能を見出す事が出来れば、何かは違ったのかもしれない。
たとえば、突然行方不明になっていた伊織達のように、目の前の快楽に溺れる事が出来たならば、この拷問も合歓になっただろう。
それなのに、節子はいつまで経っても苦しいだけだった。
ほんの少しも良くならない。
人間は行き過ぎた苦痛を与えられると、それが快感になるという。
しかし、節子にはその前兆が何処にも見えない。
行けども行けども、不快でしかない。
これも生贄達の記憶の一種なのだろうか。
このまま、何処までも嫌悪感だけが続くのだろうか。
余りに節子が快に程遠いので、傍観していた女も怪訝そうに眉を顰めた。
「貴様、全く感じていないようだな?」
頷きたくても、口を塞がれているので頷けない。
女の言う通り、節子には一欠けらの快楽さえもない。
「こやつらの精には、快を誘引する作用がある。
それなのに、貴様はどうして狂わない?」
女が益々訝しげに顔を顰めた。
その事実に驚いたのは、節子もだった。
この農夫達の精液は、媚態を引き出し、晒す力を持っていると言う。
しかし、節子にはそれが効かないらしい。
農夫の男達の皮膚がじりじりと爛れ始めた。
そうかと思えば、たちまち彼らは先日見た化け物の姿へと変わってしまった。
抜け落ちそうな髪、落ち窪んだ目、不揃いに黄ばんだ歯。
伊織達を犯していた化け物達だ。
どうやら農夫達の正体は、化け物達が人型を取っていたものだったらしい。
或いは、元が農夫だったものが、今では化け物と化してしまっていただけなのか。
そのどちらにせよ、伊織然り、化け物達に辱められていた者達は、皆一様に快に溺れていた。
あれは、この化け物の精の特殊効能だったらしい。
だが、今の節子にそれは効いていない。
何故だというのだろう。
化け物の主である女でさえその理由が分からないのだ、節子自身も勿論分からない。
その時、また何処からか桜の花弁が落ちて来た。
今度は一枚だけではない。
二枚、三枚、四枚と、どんどん数を為してくる。
今まで俵に座っていただけの女が、はっとして立ち上がった。
そして、刀を手に持ち、辺りを左見右見し始めた。
桜の花弁はみるみる数を増やしていく。
空から舞っているようだ。
だが、風に乗って此処まで飛んで来たにせよ、近くに桜の木は一本も無い。
桜は、雨霰のように降ってきた。
節子も、ぼんやりと上を見上げてみた。
天は、桃色の絵の具のグラデーションを一杯に拡げていた。
その欠片がはらはらと此処まで落ちて来ている。
色の濃いものや薄いものが入り混じり、濃淡がとても壮麗だ。
花弁の雨に見惚れていると、次は鬱蒼としていた雑木林の中に一際輝く光が落ちて来た。
空から注がれた一条の光線だ。
その下に、悠然と立っている者が居た。
真っ白な直衣に、瑠璃色の髪、蒼い目。
豪奢な扇子を持ち、優雅に佇んでいる。
この陰鬱とした世界の中で、その者だけが煌々としていた。
彼は、蛇神だ。
化け物の主は、思わず足をたじろがせた。
節子も、化け物達に陵辱されながら、蛇神の登場に目を奪われていた。
輝く光を浴びても、何の引け目も取らない青年。
蛇神は、正しく神らしい神だ。
差し込んでいた光が徐々に薄れると、蛇神は嫋々たる瞬きをした。
「随分と趣味の悪い世界を構築している」
静かな声色だった。
女は、動揺を隠し切れずに問う。
「どうやって此処まで来た」
「神を愚弄して貰っては困る。
遣り方など、如何様にも」
蛇神が扇で軽く扇ぐと、節子の周りを囲んでいた幣串が倒れ、標縄が一瞬にして燃え上がった。
その直後には、節子を取り囲んでいた化け物達も蒸発するように消えた。
女の味方は瞬時にして居なくなった。
しかし、女は目を鋭く吊り上げた。
少々怯んでいる風はあるが、横柄な態度は変えなかった。
「蛇神とやら、だがもう遅いぞ」
「遅い?」
「そうだ。
貴様の大事な娘は、もう余の手中にある。
汚れた巫など要らんだろう?」
女が節子を指差した。
節子は、先程まで農夫達に好き勝手に陵辱されていたので、全身汚れた精だらけだった。
膣口からも後穴からも、勿論、口からも濫りがわしい白濁汁が零れている。
節子に視線を落とした蛇神は無表情だった。
柔らかな笑みを浮かべる事もなければ、怒りを滲ませてもいない。
「そうだな」
能面の表情で蛇神は言った。
言葉の抑揚すらもなく、ただ台本の台詞を読んでいるようだった。
その瞬間、地面が揺れ始めた。
地震だと分かった頃には、地は音まで立てて煩く鳴り始めていた。
まるで雪崩でも起きそうな地響きだ。
女はバランスを崩して片膝を付いた。
節子も、縛られた両手両脚で踏ん張らなければならなかった。
ただ蛇神だけが平気な顔をして立っている。
その彼の後ろから、ぴょこんと黄蛙が現れた。
先程、女に放り投げられていたが、無事だったようだ。
「何だ、これは」
刀を杖代わりにし、女は立ち上がった。
地鳴りは益々激しくなっていく。
すぐ傍で大きな太鼓を打ち鳴らされているようだ。
近くの湖の水面も激しくのた打ち回っていた。
雑木林の木々も前後左右に撓っている。
「この愚か者が」
蛇神の白い肌に、薄らと紋様が滲み出て来た。
その紋様はみるみる拡がり、細かな蛇の鱗のように刻まれていった。
「格の違いとやらを見せてやろう」
蛇神の肌を覆った鱗が、一気に弾け飛んだ。
すると、蛇神自身の身体までも大きく歪み始めた。
手や足が波打つようにうねり、首がにょろりと伸びた。
整った顔も面積を拡張させ、人とは思えぬ目鼻立ちになった。
そのまま、蛇神の総身は奇妙な撓り方をした。
一度弾け飛んだ筈の鱗も、また次から次へと再生されている。
蛇神は、瞬く間に大蛇の姿となった。
白の鱗が時折銀に輝き、ぎょろりとした目は深い蒼をしている。
身体自体も非常に大きく、近くの木々何本かは簡単に薙ぎ倒されてしまった。
白く大きな蛇の登場に合わせて、空には暗澹たる雲が拡がった。
一度、蛇神の登場で明るくなった筈の雑木林内は、元以上に陰ってしまった。
TO BE CONTINUED.
2009.04.20
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