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小説
第二十七話(後編)
節子は蛇神に巫として迎え入れられた。
蛇神も、節子の身体を借りるつもりだったのだろうか。

それならそれでそう言えばいいものの、彼は一度足りともそのような事を言わなかった。
教えられた事といえば、「ただ傍に居ればいい」という事くらいだ。
その上、身体をいいように辱められた。
それ以外に特別な事は為されていない。

節子の内心を読み取った黄蛙が、しかつめらしく口を開いた。

「幾ら考えても無駄じゃ」
「無駄?」
「そうじゃ。
お前さんに蛇神様を降臨させる事など出来まいて。
遣り方も知らんのに」

黄蛙は蛇神と節子の事情を知っているようだ。
巫の仕事とやらも把捉しているのかもしれない。

「じゃあ、どうやればいいんですか?」
「わしも知らん。
自分で考えんか」
「そんな」
「そもそもお前さんは漸悟すらしとらん。
無理じゃ、無理。
どうやっても蛇神様を呼ぶ事など出来ん」

危機的状況を目の前にしても、蛙の飄々とした態度は変わらない。
余りに暢気にしているものだから、今、目の前に化け物達の主が居るという事も忘れそうになる。

蛙達には、今一危機感が無いのだ。
こんな時でさえ長閑な態が、良いのやら悪いのやら分からない。

「お喋りはそこまでにして貰おうか」

女は、節子の頭上に乗ったままの黄蛙を掴み、ぽいと放り投げた。

「あ!」

節子が止める間もなく、黄蛙は鬱蒼とした雑木林の中に消えていった。
湖に落とされなかった分、良かったとするべきだろうか。
或いは、悪かったのだろうか。

小さなその身体が木々に強く叩きつけられれば、黄蛙とて無事には済まないだろう。
湖ならば、蛙ゆえ泳ぐ事も出来た。

節子は、蛙が消えていった先へ目を遣った。
だが、女に強く顎を掴まれた為、その視線の行く先も無理矢理遮られてしまった。

「蛙の心配などしている場合ではないぞ、娘よ。
此処は祭壇。
その地方によって形式は様々だが、贄を捧げる際によく用いたものだ。
それくらいは分かるだろう」
「生贄、ですか?」
「そうだ。
余達は皆、常に人間の私利私欲で殺された。
その後も、神に愛される事もなく、無残な死を迎え、未だ成仏出来ずに現世を彷徨っている」

全ては、竜田姫と浅間大神が言っていた通りだ。

「何故、余達ばかりがこうならなければならなかったのか?
それは簡単だ。
貴様のように、神に贔屓される者が居たからよ」
「え?」
「一部が特別扱いされるゆえ、一部が虐げられる。
そうは思わんか?」

女は長年誰かを恨み、嘆き続けてきたのだろう。
その憤りの矛先は、神の巫である節子に向いているようである。

「神に贄として受け入れられなかった者。
その者達がどういう末路を辿るか、貴様は知っているか?」

節子は首を横に振った。
言われずとも、何故だか恐ろしい予感がした。

「命があるまま村に戻れば、追い払われる。
一度神の元にやったのだから、帰って来るなと言われる。
それどころか、再度、贄として捧げられる。
贄にされる恐怖を二度も味わう絶望と苦痛、貴様に分かるか?」

節子は、また首を横に振らざるを得なかった。
怒りと悲しみを表情一杯に浮かべている女を見る事も出来なかった。

節子に、当時、生贄に捧げられた者達の苦しみを親身になって理解する事など出来ない。
その世に生きていないのだから、当たり前だ。
しかし、生贄とされた娘達が、惨苦な思いをしただろう事だけは察する事が出来た。

先程耳にした少女の痛々しい泣き声も、憂き目を孕んだ響きがあった。
もしかしたら、あの泣き声の数々も、報われなかった生贄の女達の最期の叫びなのかもしれない。

「命を落としそびれた贄は、また贄にされるゆえ、自分の村になど帰れない。
だからといって、他の村に行ける筈も無い。
村々の間は狭いのだ。
生きたまま帰った贄の噂などすぐ拡がる上、そんな役立たずの贄を新たに迎え入れてくれる村なども何処にも無い。
結局は行く所もなく、山々を放浪する羽目になり、いつかは餓死する。
意識が朦朧とした頃、野犬に皮膚を食い破られ、烏に目玉を突かれる。
腹が潰れるような飢えと、四肢を食い千切られる痛みの中、愛していた者達の顔を思い浮かべる。
裏切った者達の顔を思い浮かべる。
その無念さが、貴様に分かるか?」

途方に暮れ、仕舞いには死を迎え入れなければならない娘達の苦痛を想像しようとしただけで、ぞっとした。

「そして、命ないまま、神に歓迎される事なく巫になれなかった者は、行く当ても無く魂を放浪させる。
極楽に行く事も出来ず、地獄に堕ちる事も出来ず、転生する事も出来ない。
ただ永久に続く苦しみを抱え、この世を彷徨い続けるのだ」

話せば話すほど、女は激情に飲み込まれていった。
当時の無念や苦難を思い出しているのだろうか。

「その者達の苦しみが、貴様に分かるか?」

髪を乱暴に掴まれた。
遠慮など一切してくれる様子もない。

節子は震える声で応えた。

「分かりません」

正直に答えるしかなかった。

「そんなの、分かりません」

神妙にする以外、どうすればいいのか分からない。
それより他に、今、目の前に居る女に対して返せる言葉も無い。

女の言っている事は、難しい。
一介の人間が簡単に理解出来るものでは無い。
難しい上に、酷く悲しい。
報われなかった者達の事を考えるだけで、途方も無い。

強く髪を引っ張られているので、頭皮がちりちりした。
体勢も、無理矢理身体を起こされているだけなので、腰と背骨が不自然に引き攣った。

「ふん」

女は、興醒めしたように唾を吐いた。

「神の巫なのだ。
もう少し期待出来ると思ったが、見当違いだったようだな」

また身体を地に叩き付けられた。
頬に砂利が当たって痛かった。
目に砂も入った。

だが、農夫達は黙って見ているだけだ。
節子を助ける様子など微塵も無い。

今より昔、生贄の制度が当たり前に為されていた頃も、こうやって傍観する村人達が多数居たのだろう。
生贄とされた娘が泣き、喚き、助けを求めても、時に同情し、時に冷ややかな目で、何をするでもなく見ていたのだろう。

辺りに節子の味方は居なかった。
黄蛙も戻って来る風はない。
黒狐も居ない。
蛇神も居ない。

刀を地面に突き刺し、女は自身の着物に手を掛けた。
掻っ切った筈の首の動脈からは、もう血が流れていない。
帯をするりと解けば、女性特有の上半身が現れた。
ささやかながらも、二つの膨らみが肌の上に盛られている。
しかし、その下肢は、妖怪じみた異性のものだった。

身体のほとんどは女の格好をしているというのに、股座だけが異型と化していた。
大小様々な男根を幾重にも生やし、うねうねと蠢いている。
所々には苔が生え、腐った色をしているものもあった。

「では、貴様にも余の苦楚、味わわせてやろう。
余の魔羅を、以前は味わわず仕舞いだったな?」

中でも一際太い肉芯の尖端から、黄色い汁が噴き出ていた。
生臭い匂いのする汁だった。
酷く粘り気もある。

女は、醜かった。
顔すらも低劣に成り下がっていた。
美しい所を探す方が困難だ。
その身体全てから禍々しい気が溢れ出ている。

一度、出雲の風呂場で男女双方の性を持った神を見た事があったが、その神はとても魅惑的だった。
この化け物とは到底違う。
比べようも無い。
同じ「両性」という特徴を持っているにも関わらず、神と怨霊とはこうも違うのだろうか。

「何度も犯し、快楽の底に叩き付け、この世の快楽と苦痛を綯い交ぜにしてやる。
その理性のたがが外れ、人間としての尊厳を無くした頃、最高の痛みと共に四肢を食い破ってやろう」

女が節子に圧し掛かって来た。
身体を拘束されている節子には、抗う術も無い。

「余はこうやって、神と人間に幾百年と渡って復讐し続けているのだ。
尤も、巫を陵辱するのは初めてだ。
神に寵愛された娘は、さぞ美味かろうな」

女は、長い年月に渡る全ての思いを節子にぶつけて来た。
節子には、何処にも逃げ場が無かった。





TO BE CONTINUED.

2009.04.07

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