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小説
第十四話(R15)
何度も襲い掛かってくる快感の波は、とても高かった。
津波に飲み込まれたかと思っても、またすぐ目と鼻の先に次なる波が待ち構えている。
これでは、息継ぎも出来ぬ間に溺れてしまう。

膣口は未だ触れられないままだったが、女の性感帯とも言われる股座の肉の芯は、至高の官能を齎してくれる。
性に疎い節子にとって、その刺激は余りに大きかった。
目の前で何度も打ち上げ花火を上げられているようだ。
身体は自分の意志とは反して、まるで微電流を通されているように大きく跳ねる。
その度に、下腹部の奥の方が、何かを求めて蠕動する。

武士風の男が、また新しい触手を数本伸ばした。
今度は本物の男性器のように太く、グロテスクなものだった。
それを節子の膣口に宛がいながら笑う。

「ではそろそろ、此方の具合も確かめてみるか」

つんつんと入り口を突かれた。
このままでは破瓜さえも奪われてしまう。
だが、節子には最早抵抗する力が無い。

男の為そうとしている事に抗いたくとも、何処をどう動かせば避けられるのかが分からない。
ただ、彼の触手がいたずらに節子の股座をなでている事だけが分かった。

触手が先端から白い汁を垂らした。
生臭い臭いのする汁だった。

男は、それを節子の陰唇になすり付けた。
節子には、その小さな刺激さえも快楽に繋がってしまう。

余りに性急に訪れた悦楽の嵐に、目の前がぼやけて来た。
息の仕方も忘れてしまったのかもしれない。
酸欠で頭がぼうっとする。
口の閉じ方も分からない。

涎が顎を伝っている。
全身には、夥しい汗も流れている。
それもまた煩わしい。
総身がどろどろに溶けてしまいそうだ。

節子の耳には、何も届かなくなった。
男が言う事も、自分の嬌声も、周りで再度上がり始めた女達の喘ぎ声も、全てが薄れていった。
ただ掠れた視界の中で、好きでも無い男が笑っている様だけが見えた。
その後ろには、クリーム色の帳がある。

来るべき恐怖と快楽に心の準備が出来ないまま、節子は目を閉じた。
己も伊織達と同じように、落ちる所まで落ちて行くのだと思った。

周りがやや騒がしくなったものの、それすらも気にならなかった。
行き着く先、悦楽の地獄の扉まで連れて行かれる事に諦めを抱いていた。

だが、いつまで経っても、男の触手が節子の体内を貫く事は無かった。
それどころか、節子を辱めていた細い触手達の数すらも減ってきた。

大きな快の波が少しずつ引いていく。
仕舞いには、男はぴたりとも動かぬようになった。

恐る恐る目を開けてみる。
男は、何やら目を尖らせていた。

節子が目蓋を開けた数瞬後、帳の外で聞き覚えのある声もした。
年老いた老人のようだ。

「何やら随分と乱れた所じゃのう」

この場に相応しくない、間の抜けた台詞だった。

「ほんまじゃ、ほんまじゃ」

同調する者まで居た。
その二つの声は、とても似ている。

眉を吊り上げた男は、勢いよく節子から身体を離し、立ち上がった。
そして、閉じていた帳を開ける。

「何奴!」

男が腰に差していた刀に手を遣った。

節子は、重い身体でゆっくりと其方の方を向いた。
開かれた帳の先には、先程まで狂宴を上げていた化け物達が一様に地に転がっていた。
女達も、何故だか首から下だけが岩に埋もれている。
しかし、このような大きな岩など、この洞窟内には無かった筈だ。
騒ぐ事が無いよう、口にも詰め物をされている。

その中央には、小さな生き物が二匹鎮座していた。
茶蛙と青蛙だ。
蛙姿のままだが、節子を助けに来てくれたのだ。

「その娘っ子を返して貰わんと、わしらは干物にされちまう」
「そうじゃ、そうじゃ」
「ええ加減、返して貰おうかの」
「貰おうかの」

どちらがどちらの台詞を吐いたのかは分からなかったが、蛙二匹はぴょんこぴょんこと飛びながら言った。

男は、益々目の色を変えた。
怒りで肩が震えている。

「蛇神の使いか」

憎々しげに問うた。
刀の柄を持ち直せば、縁金がかちゃりと音を立てた。

その男の剣幕など気にならないのか、蛙達は意気揚々と返す。

「いかにも。
わしこそが蛇神様の第一の下使い!」

えっへんと胸を張って一匹が言った。
だが、隣に居たもう片方の蛙が、「何を言う」と声色を変える。

「戯けた事を言うでねえ。
わしこそが一番の下使いじゃ!」

そう言えば、また片方の蛙が「何じゃと?」と顰め面をした。
どうやら蛙達は、誰が一番の蛇神の使いかと競争しているらしい。

今はそのような事を争っている場合ではない。
それなのに、蛙二匹は節子達を放ったまま、その場で喧嘩を始めてしまった。
大きな口を開け、ぴょこぴょこと飛びながら小さな手で相手を叩いている。
馬乗りになったり、後ろ足で蹴り上げたり、何とも稚拙な戦いだ。

「この馬鹿げた蛙共め!」

蛙達に無視された男は、更に激高したようだった。
刀を高く振り上げ、蛙達の方へと駆ける。

節子は、「危ない!」と枯れた声で悲鳴を上げた。
だが、蛙達は自分達の喧騒でそれも耳に入っていない。

男が刀剣を振り下げようとした。
その瞬間、それを激しく遮る音がした。
鉄がぶつかり合う高い金属の音だった。

節子は目を疑った。
男の剣先を捕らえたのは、寡黙な黒狐だったのだ。
それも、同じ剣で立ち向かっていたのではない。
琵琶を奏でる小さな撥(ばち)で対抗していたのだ。

「何だ貴様は」

男は黒狐を睨めつけた。
黒狐は黙ったまま返事をしない。

それに益々腹を立てた男は、刀を引き、再度切りかかって行った。
黒狐は、撥で一度琵琶を奏で、また軽くいなす。

二人は激しく剣と撥を交錯させた。
きん、きんと、金が跳ねる音が何度も木霊した。
時折、琵琶の美しい音までもが零れる。

二人は互角のようだった。
男の方から切り掛かれば、黒狐はそれを上手く交わす。
しかし、黒狐の方から攻撃を仕掛けても、男に難なく遮られる。

激しい攻防は続いた。
その後ろで、蛙二匹も転がりながら喧嘩を続けている。

「ちっ」

白黒付かない決着に、男は苛立ち始めたようだった。
強く攻め込んでいた姿勢を正し、やや引き気味に構える。
それを悟った黒狐も、相手を追い詰めようとはしなかった。

そのまま打ち合う事数回、男は完全に身を翻した。
すると、あっという間にその男の姿は見えなくなってしまった。
身体を勢いよく退いた途端、霧に包まれるように、一瞬の事だった。
その頃、漸く落ち着いた蛙二匹も、荒い息で互いを牽制し合っていた。

敵が居なくなった黒狐は、ゆっくりと節子の方に視線を移して来た。
そして、何も言わぬままその場で暢気に琵琶を弾き始めた。

軽快なリズムで奏でられるその音は、流行のポップソングにも似ていた。
洞窟という閉じられた空間の中、琵琶の音だけが不自然に響いていく。

蛙達がぴょこぴょこ跳ねながら節子の傍までやって来た。

「生きとるか」
「生きとるか」

安否を気遣う二匹の言葉は、ほぼ同時だった。

節子は、頼り無げに笑う。

「茶蛙さん、青蛙さん」

明確な言葉を発せば、身体の中に溜まっていた快楽の渦がまた小さく騒ぎ始めた。
声帯の震えに反応してしまったらしい。

それを察したのか、青蛙が大きな口を開けた。
何だろうと不思議がる暇も無かった。
青蛙は大量の水を吐き出し、それを節子に浴びせ掛けてきた。

全身が冷たい水に晒された。
鳥肌が立つ。
驚きの余り、快の余韻も一気に吹き飛んでしまった。

「お前さんはほんまに危なっかしいのう。
じゃから護衛なんか嫌じゃったんじゃ」

茶蛙がぶつぶつ零し始めた。
どうやらあれからすぐに助けに来てくれたようだ。

その蛙達の後ろには、相変わらず軽快な音楽を奏でている黒狐が立っていた。
裸のままなのは恥ずかしいが、今はそれも言っていられなかった。

つい数分前まで、更に恥ずかしい事をされていたのだ。
今更、他人に裸を見られたところで、それに羞恥を感じる程の余裕も無かった。
況してや、この者達は人間外だ。

「有り難う、黒狐さん」

節子は緩慢と頭を下げた。
それに返すように、黒狐も調子の良いリズムをジャジャンと立てた。

茶蛙が振り返る。

「そんな事よりも、さっさと帰る支度をせんか。
こんな所に居たら、身体まで黴てしまうで」

青蛙も「そうじゃ、そうじゃ」と言う。

しかし、帰ると言っても、このままでは帰れないだろう。
節子は服を纏っていないのだ。
このような格好で街中を歩くだなんて、普通では考えられない。
節子本人の羞恥心はさておき、周りが騒ぎ立てる事は目に見えている。
下手をすれば、警察にも厄介になり兼ねない。

その上、身体中が重かった。
行き過ぎた初めての快楽に溺れた総身は、鉄の鉛を背負ったようだった。

「このままの格好は、ちょっと」

申し訳なさそうに告げば、蛙達は無言で煩わしそうな顔をした。
そんな小さな事で文句を零すなとでも言いたそうだ。
人間特有の羞恥心や常識は、蛇神同様、この蛙達にも通じないらしい。

黒狐もまた無言だったが、蛙達のように節子を呆れ顔で見る事は無かった。
それどころか、自身が付けていた合羽を外し、節子に手渡してくれた。
それを着ればいいという事らしい。

だが、節子の全身は未だ青蛙が吐いた水で濡れている。
このまま羽織れば、黒狐の合羽も濡らしてしまう事だろう。

節子が間誤付いていると、黒狐は無理矢理それを節子に被せた。
そして、腰を下ろし、節子の方へと背を向けた。

負ぶってやる、という意味らしい。
黒狐は無口だが、なかなか気遣いが出来る所もあるようだ。

「有り難う」

節子は御礼を言って、黒狐の背に身体を預けた。
長身の彼の上に乗れば、辺りの景色が一度に変わるようだった。

首元からは、ふんわり獣の香りがした。
体温も高かった。
やっと信頼出来る温もりに包まれた節子は、やはりこの人の正体は本物の狐なのかもしれないな、と思った。





TO BE CONTINUED.

2009.02.11

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