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悪戯(藤)
ささやかな報復
ズキズキと疼くような頭の痛みで目が覚めた。
あれ、俺なんで保健室に居るんだ?
見慣れた保健室の天井をぼうっと眺めながらぼやけた記憶を辿ってみる。
確か体育の授業を半分寝ながら受けていて、頭にサッカーボールだかバスケットボールだかが当たって…それから記憶が無い。
ボールが当たった場所へ手を伸ばすと、そこには立派なたんこぶができていた。
触るだけで鈍く痛む。

「………あたまいてえ」
すうすう。
「!?」

俺の呟きに寝息が被さりギョッとして横を見れば、何故か俺の身体にピッタリ寄り添うようにして茶子が気持ちよさ気に寝ていた。
余計頭がクラクラする。

ったく、なにやってんだお前。
ため息混じりにつんつんと指で柔らかな頬を突く。
無防備な寝顔。見ていると自然と笑みが浮かぶ。
…癒されるってのはこんな気持ちのことを言うのか、茶子の寝顔に不思議と頭痛も和らいできたような気がする。

黙っていればキリリとした雰囲気を纏う整った顔立ち。
気を許した奴だけに見せる笑顔が可愛いといつも思う。
調子に乗るから本人には絶対言わないが。

そんな茶子が俺の隣で安心しきって眠るその姿は平和そのもで。
…ちっとは警戒しろと言いたくなる。

化粧も何もしていないのにつやつやと綺麗な色した唇は誘うように少し開いていた。
思わず吸い寄せられそうになったところでハッとする。

狸寝入りでもしてんじゃねーだろーな…。

キスする瞬間「やだー寝込みを襲うなんて藤くんたらヤラシイ」とかいいながら、
ニヤニヤニヤニヤ楽しそうに狸寝入りに引っ掛かった俺をからかうつもりかもしれない。
茶子ならありえる。
なにせコイツは俺にしょっちゅう悪戯を仕掛けては笑ってるやつだからだ。
子供じみた悪戯ばかりしやがってアホなヤツだ思いつつも、惚れてる女の笑顔はやはり可愛いと思ってしまっている俺が一番のアホかもしれない。

ベッドを囲むカーテンを静かに開ける。
その気配に気付き、プリントに向かって真剣に何か書いていたハデス先生が顔を上げた。
先生は俺に向かってにっこり笑い「藤くん…頭は痛まない?大丈夫かな?」と心配げに言う。
「おい、アンタ教師のくせに男子と一緒のベッドに女子入れていいのかよ」
「ああ…加藤さんだね…藤くんが目覚めた時、私が横に居たらどんな顔して驚くか見たい!って言ってね…」
で、待ってるうちに寝ちまったんだな。
やっぱりアホだこいつ。最高に可愛いアホだ。
「こいつ寝てんだけど」
「待ち疲れちゃったのかな…」
書き終えたらしいプリントの束をトントン揃え、先生はうーんと何か考えている。
「これから職員室にこれを届けにいかなきゃならないんだけど、藤くん留守頼んでもいいかな…?」
「まあ、そんくらいいいけどよ」
「じゃあお願いするね…」
去り際に「藤くん…わかってるとは思うけど…保健室でくれぐれも…あの……」と口ごもる。
「するか!とっとと行け!」
馬鹿な心配をする先生を大声で追い出した。

今のやりとりで起きちまったかな…カーテンを閉め茶子を見る。
さっきは気づかなかったが、茶子は体育の授業を抜け出してきてそのままといった格好で眠っていた。
上はTシャツにジャージを羽織っただけで、下は布団に隠れて見えないが短パンをはいているのだろう。

「…んー…ふじくん、そのお弁当の伊勢海老、腰にぶら下げたんだね……なんてイケてるファッションセンス…」

こいつは一体どんな夢を見てるんだ?
楽しそうに笑いやがって。

「次はカツラを…装着すればより完璧に…すごく素敵だよ…藤くん」

夢の中でも俺で遊んでやがる。
藤くん、と、名前を呼ぶ時にふわっと浮かべるその笑みに、寝言だとわかっていても、いやわかっているからこそカッと一気に顔へ血が上ってしまう。
「茶子…」
愛しさに突き動かされ、額に唇を押し当てた。
頬にそして唇に。どこもかしこもすべすべしてて気持ちがいい。

その弾力と柔らかさを確かめるように、何度も角度を変えて唇を重ねてるうちに、だんだん夢中になっていく。
舌をぬるりと滑りこませ、反応の鈍い茶子の舌を刺激する。下唇を食む。
「ふぁ、…ん…、……ふじ、くん……?」
隙間から動揺した声が聞こえ顔を離すと、そこには心底驚いた顔の茶子が居て、思わず吹き出してしまった。

「よく寝てたぜ」
「…ね、ねちゃってた…」
混乱と恥じらいの浮かぶ瞳で、どうしていいかわからない、とすがるように視線を向けてくるのがたまらない。
それがとにかく可愛くてめちゃくちゃに抱きしめたくなる。

「たんこぶ大丈夫?」
「だいぶな」
「それはよかった。で、…えと、この状況は一体…」
押し倒されてるみたいなんだけど、声が次第に小さくなって最後はゴニョゴニョとしか聞こえない。
「お前から俺のベッドに入ってきたんだぜ?」
「それは、藤くんをちょっぴり驚かそうとしただけでっ!」
「あー驚いた驚いた」
「棒読みヤメテ」
もう混乱は収まってしまったようで、茶子はいつもの調子を取り戻しつつある。

「藤くん、体育の授業で気絶するの何度目?」
「3回目…だったっけか」
「残念4回目!」
ピシっと指で鼻を弾かれる。
地味に痛い。
「藤くんが保健室運ばれる度に心配するんだから、ちゃんと真面目に授業受けて」
真摯な瞳に返事するのも忘れて見惚れていると、両手で頬を挟まれてぐいと引き寄せられキスされた。
そしてケロっとした顔をして笑う。
「もうすぐお昼じゃない?教室行こっか」
着替えもしなきゃだし、と茶子は壁に掛かる時計を見て言った。

「ハデス先生戻ってくるまで留守番頼まれてんだ」
「あれ、ハデス先生居ないの?」
「職員室行ってる。いま保健室居んの俺と茶子だけ」
「……ソウデスカ」
何かを察してか、さりげなく俺の腕の間から抜け出そうとする茶子の手首をシーツに縫い止めるように強引に封じる。
「そういや、学校でしたことなかったよな」
耳に舌を入れながらそう囁くと、茶子の身体がびくりと跳ねた。
ハデス先生がすぐ帰ってくることがわかっているので、する気なんてサラサラない。
だけど茶子はそのことを知らない。
…もっとからかってやろうか。
普段翻弄されてばかりいる俺からのささやかな報復。

「しないよ!ダメ!絶対!」
「ベッドに入ってきておいてそりゃないだろ」
「でも、っ、ン〜〜〜〜〜〜ッ!」
唇を塞げばじたばたと抵抗する動き。
茶子も、自分のしたことがこんな形で返ってくるなんて思って無かっただろう。
本気で振りほどこうとすれば振りほどけるくらいの力しか入れてないのに、形ばかりの抵抗しかしてこないということは、自分の身から出たサビということがわかっているからに違いない。

「メシまでには終わるって」
「そ、そういう、問題じゃなくてっ!」
「じゃ何が問題なんだ?ベッドが狭いとか?」
「もっと違う!」

涙目になってわたわたする茶子を見たら、少しだけ気の毒になってきた。
「やわらけー」
「ちょ、どこに顔埋めてるの!!」
けれども先生が帰ってくるまで報復を終わらせる気は残念ながら全く無い。





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